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土方歳三side
俺が屯所の廊下を歩いていると、向こうからうちに住む女衆の声が聞こえてきた。
「あ、お出かけですか、香耶さん」
洗濯物を運んでいる雪村が見たのは、軽い動作で塀をよじ登る香耶の姿。
「しーっ、みんなには秘密だよ、千鶴ちゃん」
「はい? いつものことですよね」
「え、あ、そ、そうだね!」
行ってきます、と香耶はあせった様子で、塀を乗り越えていった。
……怪しい。
確かに香耶が菓子でも買いに無断で出かけることなんかいつものことだ。(つーかいい加減許可取ることを覚えろ!)
だが今日は明らかに挙動不審だった。
禁裏での対長州のいざこざも終わり、屯所では束の間の平和がおとずれている。
江戸へ出張に出かけた近藤さん、新八、平助らはまだ帰ってきておらず、最近は比較的穏やかだったが…
十ヶ月ほど前からうちで預かっているあいつは、あいかわらずどこへでもほいほい出かけて行っては、何かしらの事件に首を突っ込んでいるらしい。
まさかとは思うが、敵と仲良くなってるんじゃねえだろうな。
俺は香耶を見失わないうちに、自身で尾行することを決めた。
半時ほど市中を歩き回ったと思う。
香耶は酒屋や甘味屋を覗いては何をするでもなく、自由にぶらぶらしてるだけに見えた。
だが町中である男を見つけて事態は変わる。
香耶はその男を見つけたと思ったら、声を張り上げ嬉しそうに駆け寄った。
「ああやっと見つけた、不知火くーん」
「よう、おまえが香耶だな。すげぇなその髪。高杉が言ってた通りだぜ」
「髪のことを君に言われたくはないよ」
会ってんじゃねえか!!
不知火といえば長州に組する新選組の敵だ。
先の禁裏の事件では、撤退する長州軍のしんがりをつとめた人物だと聞く。
なんでそいつがここにいるんだよ。
俺の嫌な予感はやっぱり的中だった。
あいつは十年以上日ノ本中を旅してきた女だからな。
近藤さんと知り合いだわ、斎藤と知り合いだわ、会津中将と知り合いだわ、風間千景と知り合いだわ、とにかくこれでもかってほど顔が広い。
いまさら敵に知り合いの一人や二人いたところで驚きゃしねえけど、新選組としちゃ立場がねえんだよ。
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