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月神香耶side



もともと山南敬助の思想はは勤王寄りで、新選組の局長や副長と意見が対立することがあった。時代が進むにつれ彼の新選組内での立場は徐々に揺らいで、精神的にも追いつめられていく。
元治二年の二月、「江戸へ行く」と書き置きを残し局を脱走。大津で沖田総司に捕縛され連れ戻された山南は、二月二十三日、局中法度に従って切腹した。

「……というのが、未来に伝わる山南敬助の最期なわけです」

私は目覚めた敬助君に温かいお茶を勧めながら説明する。
敬助君をいきたりばったりで拉致した私たちは、外で待っていた仲間と合流し、いったん風間邸に戻った。現在は三成君と紀之介君が私の護衛を。佐助君は再び八木邸に忍び込んで偵察と、隙をみて千鶴ちゃんに接触をはかってもらっている。

敬助君はいぶかしげな顔をしたが、黙って話を聞いて私の入れたお茶にも口を付けた。
肝が据わっている。私の話から、私が何者なのか、自分がどういう状況にあるのか、新選組にとって利となるか害となるかを、彼は慎重に見極めようとしている。

「貴女の言う未来の話の真偽は確かめようがありませんが、新選組の機密に関しては認めざるを得ませんね」

「まぁ、未来でも羅刹や変若水に関して知る人間はかなり限られてくるけど」

羅刹が時代の徒花だと言ったのは敬助君だ。あれは生み出されてはならないものだったと。

「変若水の研究をやめろ、とは言わないよ。君たちには必要なことなんだろう。……その結果が多くの不幸を生むものだとしても」

「……そうおっしゃるのでしたら、なぜ私が薬を飲むのを邪魔したのですか」

「それは……ただ私が、あんな敬助君を、あれ以上見ていられなかったからかな」

敬助君、といきなり飛び出したなれなれしい呼び方に、彼は一瞬眉をひそめた。彼のことをこんな風に呼ぶ人間は、彼の周囲にはいないだろう。

「雪村君は君の名を叫んでいましたが、知り合いなのですか?」

「私も今日初めて知ったんだけど、彼女も未来の記憶を持つ転生者だ」

千鶴ちゃんは私の死ぬ気の炎を知っているようだった。つまり彼女は平成時代のマフィア新選組を経験している。その後、歳三君や千景君はBASARAの世界に、そして彼女はこの幕末の世界に、バラバラに転生したということ。
ひょっとして総司君も違う世界に生まれて、記憶を持って生きているんだろうか。……いや、それは今考えることじゃないな。

「千鶴ちゃんも前世では未来の新選組の一員だった。ここでもきっと君たちのことを真剣に思って行動しているんだろう」

「なるほど。かつての仲間と我々を重ねているから、あんなに必死に──」

「重ねている、だけじゃないと思うけどね。彼女だってこの世界に生まれて、この世界で生きているのだから」

「……そうですね」

敬助君の反応からは、千鶴ちゃんに対する不信感や悪感情は感じられない。あの子の新選組での立場が、これ以上悪くならなければいいのだけど。

「さて、私たちはこれから近江へ向かう。もちろん敬助君もいっしょにね。何か必要なものがあったら……」

「──香耶殿」

ここで部屋の外から、私の言葉を遮って声をかけてきたのは天霧君だった。彼は千景君とは違い必要最低限にしか私たちに関わろうとしない。こんなふうに声をかけてくるのは、なにかあったときだけだ。
控えていた三成君が部屋のはしに寄ってふすまを開け、天霧君に対応した。

「何用だ。香耶様は大事なお話の最中だ」

「その香耶殿に客です」

「え、私に?」

私は瞬いて首をかしげた。この世界で私を訪ねる客なんて、心当たりがない。まさか、もう新選組にここが嗅ぎつけられたのだろうか。
なんて内心ハラハラしていると、天霧君は厳つい顔を微妙に歪ませて口を開いた。

「相手は南雲と名乗っています」

「え」

南雲って……え? 薫君……?



南雲薫。東の鬼の一族の生き残りで、雪村千鶴の双子の兄だ。
東の鬼は、西国の人間に戦争に荷担するよう要請されたがそれを拒んで滅ぼされた。その際千鶴ちゃんと生き別れた薫君は、土佐の鬼の一族、南雲家に引き取られる。

敬助君をいったん紀之介君に任せて、私と三成君でその薫君に会うことにした。

「──薫くん。お久しぶり。この前とはずいぶんと雰囲気が違うね」

「……あんたもな」

およそ一ヶ月ぶりに対面する薫君は、ちゃんと男の格好をしていた。ついでに言うと私も袴。互いに印象が大きく違う。
薫君と私は客間で対座し、三成君は私の後方に控えた。

「大したもてなしもなくて申し訳ない。少し立て込んでて」

「べつにかまわない。あんたも居候なんだろ」

その言葉には苦笑して肯定した。やはりある程度こちらのことを調べてきているらしい。
薫君は表情を変えずに、意外な話を切り出してきた。

「俺はもともと千鶴に“月神香耶”のことを聞いていた。あいつに“力”を与えたのはおまえだと」

「え……」

「あいつはお世辞にも腕っ節が強いとは言えないけど、物知りだし、昔から妙に達観してる。今回の変若水のことも、いずれこうなるだろうと予見してた」

「千鶴ちゃんが……、いや、それより薫君、千鶴ちゃんと接触があるの!?」

「知らないのか? 俺と千鶴は兄妹なんだけど」

知っている。
雪村の鬼の里の末路や、君たち兄妹の境遇。この世のそれも、私がかつて経験した世界とそう変わりはなかった。千景君にも確認した。
悲惨な過去は繰り返された。それでも、こうして違うところがあるということは。

「……変えたんだ。千鶴ちゃん」

私は口元を手で覆って小さくつぶやいた。
きっと、兄妹で苦しみを分かちあって絆をつないだんだ。やっぱり彼女にとって、この世は絶望だけじゃなかった。

「生き別れを装って俺は南雲の掌握に。千鶴は雪村綱道の監視に当たっていた」

「雪村綱道の行方は?」

「つかんでる。土佐に引き込んで人知れず消すのが理想だけど……西国にも羅刹の存在が知られてきてる現状では難しい。千鶴も綱道が新選組に残した置きみやげをどうするかで頭を悩ませていたところだ」

雪村綱道の行方がわかった。これは私たちにとって、光明だ。
私は数迫沈黙し、そして唇を笑み曲げて背後の三成君に視線を向ける。三成君は、私の表情に一瞬目を見開いた。

「……薫君、それ、私たちにも干渉させてくれる? 私たちなら君たちより自由に動ける」

「そのつもりで来た。千鶴が“月神香耶”を盲信してるからかもしれないけど……、俺もあんたなら何とかしてくれるような気がする」

言いながらも、ちょっと不本意気味に顔を背けた薫君に、私は笑ってうなずいた。

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