縁側で晴れた空を眺めながら、お茶を飲んでお菓子を食べてのんびりとする。
遊び疲れた私の幼い身体は、うつらうつらと睡眠を欲してきていた。
半兵衛君の膝の上。華奢なようでいて意外とたくましいその身体に全体重を預けると、彼もまた大きなあくびをして私を抱きこんだままごろりと横になる。

が、至福のお昼寝タイムは長くは続かなかった。

「――竹中殿。こちらにいらっしゃいましたか」

「あれ、幸村殿?」

耳になじんだ低音に、はっと眠気が飛んだ。無双幸村の声だ。
半兵衛君が半身を起して、外からやってきた幸村と対面する。
私は慌てて転がるように半兵衛君の背後に回り、彼の背中にしがみついた。どうか幸村がこのまま私に気付きませんように……!

「俺がここにいるってよくわかったね? ここ、小田原城の中奥だよ」

「婆娑羅の風魔から、貴方と香耶がこちらにいると聞き参じました」

「あー、なるほどね。それで、わざわざここまで探しに来るなんて、なにか火急の用事?」

「私ではなく山南殿が……詳しくはうかがっていませんが、薬の件で香耶に話があると。香耶はご一緒ではありませんでしたか?」

薬の件、ねぇ。

半兵衛君は私に気を利かせてか「香耶はどこかに隠れちゃった」と幸村に言った。嘘は言ってない。現在進行形で彼の背中に隠れてますから。
その背中からそろりと顔を出して幸村の反応をうかがうと、同時にばっちりと目があってしまった。気配に聡い幸村が私に気づかないなんてありえないのだ。彼は私の姿を視界に入れると、瞠目して息を飲んだ。

「その、幼子の容姿……」

「あ。やっぱり幸村殿もわかっちゃった?」

「まさか、香耶の……!?」

愕然とした表情の幸村に、半兵衛君は笑顔で続ける。

「俺も最初見つけた時は驚いちゃったよー。香耶ったら、こんなに可愛いのに人に見せたがらないんだよ」

「……っ、その、相手は」

「俺じゃないことは確かだね」

待て待て待て。ふたりの会話は成り立っているように見えて噛み合ってない。半兵衛君の言う「俺じゃない」ってのは、あくまで私が姿を見せたがらない相手が、という意味だろうけど……。

「幸村、きみはぜったいかんちがいしてむぐ」

私は半兵衛君に抱えられて、手で口をふさがれた。

「あ、そうそう。香耶だけどさ、今 男と逢引きしてるよ」

ちょ、おまえわかっててやってるな!!?

「男とは、……その御子の父親ですか」

「俺の口からはそれ以上言えないなぁ。香耶に直接聞いてよ」

「むぐぐ、うむぅー!」

バカァアアア! なんてこと言うんだ!
じたばたと暴れる私を連れて、半兵衛君はその場から去る。
幸村はしばらく石像のようにその場を動かなかったが、そのあと人でも殺しに行くみたいな雰囲気で私を探す姿が目撃されたという。すまん幸村……。


「はんべえ! なんであんなうそを……!」

「やだなぁ、俺、嘘なんてひとつもついてないよ? 現に香耶は俺と逢引き中だし」

「あ、あんな言いかたじゃまるでわたしが外で子どもつくってきたみたいじゃないの!」

「だあって、せっかくの逢引きを邪魔されたくなかったし。それにちょっと冷静になればわかるでしょ。毎日必ず香耶と顔を合わせてるのに、香耶のお腹が膨らんでたことなんて一度もなかったんだから」

そうだけど……そうなんだけどさ、デリカシー仕事しろ!!!



半兵衛君のせいでますます家に帰り辛くなってしまった私は、いっそ夜の炎の能力で相模を出てやろうと思い至った。
こういうことを気兼ねなく相談できて、かつ真剣に取り合ってくれそうな相手として訪問先に選んだのは、勝手知ったる大坂城である。

「竹中さーん。きょうおたくに泊まらせてくれませんか」

「……一旦帰って保護者に外泊の許可を得てきたまえ」

「そんなー」

姿の変わってしまった私はともかく、無双の半兵衛君はこの婆娑羅の世界の大坂城でも顔を知られている。おかげで私たちは問題なく招き入れられ応接の間で丁寧な対応を受け、竹中さんにもすぐに会うことができた。
婆娑羅の竹中さんは、子連れで大坂城にやってきた半兵衛君を見て、当初幸村のような反応を返してきた。もちろん勘違いさせたままじゃ話が進まないので、事情を正確に説明して、この幼女が月神香耶本人だと納得してもらった。
そのうえで彼はふかーくため息をつきながらこんなことを言うのである。

「僕は君に恩がある。だからできうる限り君の意向に従い働くつもりだが、今回ばかりは聞いてあげられないな」

「どうして?」

「あちらの誤解を放置したままでは豊臣にまで被害が及ぶかもしれない」

被害って、どんな?
私が首をかしげると、私の後ろに控えていた半兵衛君が「たしかに、」と口をはさんでくる。

「さすがの豊臣軍も、一騎当千どころか万をも倒す月神軍の恨みは買いたく無いよねー」

「うらみってそんな……」

「ま、最悪の事態を想定しておくのも軍師の役割だからさ。考えてもみなよ。今日に限って香耶が大坂城に泊まったなんて知れたら、香耶の情夫は豊臣の人間だって思うはずでしょ? 彼を知り、己を知れば、百戦して危うからず、ってね」

「つまり、勝てないいくさはしないよ、ってこと?」

「避けられる戦はしないに越したこと無いってこと」

「……それを重虎君が言わないでくれないか。事態をややこしくしたのは君の悪ふざけが原因だろう」

「やだなー竹中さんったら、俺はいつでも真面目なのに。第一、元凶は俺じゃなくて山南殿だよ」

ちっとも悪びれない半兵衛君に、私と竹中さんは同時に嘆息してうなだれた。



結局、大坂城では静かな午後を過ごしただけで外泊はかなわず、私たちはきちんと夕餉の時刻に小田原の月神屋敷に帰ってきてしまった。問題は先送りにしないでとっとと解決してこいと竹中さんにも促されたし。
しかし、覚悟を決めていざ入ろうとしたときになって、玄関の門で私たちの前に壁のような男が立ちはだかる。

「こ、こたろうくん?」

「ククク、聞いたぞ。知らぬ間にうぬが子を産んだとな」

「……それをいまのわたしに言うってことは、ホントのことちゃんと分かってるってことだよね」

無双小太郎はどうやら小さくなった私を見物に来ただけのようだ。それにしても子供の身長で2m超の大男と立ち話するのって大変だな……。目線が合わない、気がする。
彼は満足したように笑いながら、身をひるがえして屋敷の中に姿を消す。すると今度は、入れ替わるように霧隠才歳……もとい歳三君が現れた。
歳三君は私を視界にいれると、また面倒事を起こしやがって、とでも言いたげに眉間にしわを寄せる。

「おい、香耶。そんなところに突っ立ってねえでさっさと山南さんに解毒薬貰ってこい」

「げ、げどくやくがひつようなの!? ……歳三くん、代わりにもらってきてくんないかなー」

「山南さんは俺にはくれねえよ。香耶の変化が直接見たいんだろうぜ。あのひとの悪い癖だな」

やだ怖い。思わず横にいた半兵衛君の腕にしがみつくと、歳三君の視線も半兵衛君へと向いた。

「重虎、信繁があんたを探してたぜ」

「え、俺を? 香耶じゃなくて?」

「ああ。今回は大人しく信繁の説教を受けるんだな」

ということは、幸村は半兵衛君の嘘(……はついてないって言い張るけど)に気付いたんだ。

「歳三くん、幸村に、きびしめにおねがいねって言っといて」

「ええ、それはないでしょ、香耶ー」

「ったく、自業自得だ」

まぁ、半兵衛君ならきっと他人の説教なんて舌先三寸でのらりくらりとかわして終わるんだろうけど。

仕方ないなぁ、なんて言いながら玄関を上がる半兵衛君に、私もつづく。
私は私でこれからすべての元凶と対決するんだと思うと憂鬱でならなかった。
(2015/06/22)

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