子ども騒げば雨が降る?
※「なまケモノの二流」番外編。



目が覚めたら――体が縮んでしまっていた。
なんて、どこかで聞いた言い回しだが、実際に自分の身に起こると笑えない。
なにが原因だ。昨日敬助君に出された滋養強壮剤を飲んだからか? それとも無双小太郎に術でもかけられたか。はたまた紀之介君の呪いと書いたまじないか。

自室の鏡を覗き込むと、そこにはぶかぶかの寝巻きをまとった銀髪碧眼の幼い女児が映っている。歳の頃は5、6歳くらい。信じられないことに、これが現在の私の姿なのである。うぅ、ハタチ(自称)の私を返せ……!

着替えは、急に体の大きさが元に戻ることを想定し、普段あまり着ない小袖を選んだ。この時代の小袖は対丈(ついたけ)でおはしょりは作らないものだが、身体が縮んでいるためめいっぱいはしょって腰ひもで固定。これでいきなり身体が戻ってすっぱだか、なんてことにはならないだろう。肩上げまでするのは面倒なので裄はそのままだが……袖をまくってたすきでまとめてしまえばいいか。
せっかく女物の着物を選んだので、髪はUピンを使いあたまのてっぺんでお団子にしてまとめておく。再び鏡に映った自分は、髪や瞳の色彩を除けばなんだか別人のようだった。

狂桜は差せなかった。……というか、まず腕の長さが足りずスムーズに抜けない。屈辱である。
死ぬ気の炎は使用可能。羅刹にもなれるようだし、右目は義眼のまま。これは身体の時間が巻き戻ったというより、昨日の身体がそのまま変化したと考えられる。

さて、ベストなのはこのまま誰にもバレることなく元の身体に戻ることだが、そんな私の願望は、外の様子をうかがうため部屋のふすまをほんの少し開けた2秒後についえた。

「……あれ、香耶?」

「!!!」

さっそく半兵衛君に捕捉された。
無双武将はどっかの大蛇のせいでこういった珍事に耐性がある。
ふり返って、うわ見つかった! って顔をした私を見て、彼は間違いなく『香耶の部屋から出てきた幼女=月神香耶』と判断したらしい。驚いた表情から一転、にっこりと人好きのする笑みを浮かべた。……嫌な予感しかしない。

「は、はんべ……そんな笑顔でこっちこないで!」

「えー、さすがの俺もその反応は傷ついちゃうなぁ。安心してよ、俺、子供大好きだから」

「うそだ。むかし子どもがにがてって言ってるのきいたことある」

「なぁんだ、よく覚えてるね。でも大丈夫。香耶と俺の子だったら話は別」

「いや、なに言ってんの? わたしが香耶なんだけど」

ビクビクと壁に張り付く私の前に半兵衛君はしゃがんで、おいで、と手を差し出してきた。その手に、私は柔らかくて小さくなってしまった自分の手を恐る恐る重ねる。
彼は己から手を差し出してきたくせに、なぜか私の手に戸惑ったように触れた。そして感触を確かめるように優しく握り返して、困ったように笑う。その様子に私までドキドキしてしまった。
半兵衛君は私と手をつなぐと、私が転ばないよう歩調を合わせてゆっくりと歩き出した。

「……ねえ、どこ行くの? できればもとに戻るまでだれにも会いたくないんだけど」

「ええー、もったいないよ。可愛いのに」

今の姿で可愛いとほめられても複雑な気分にしかならない。
居間へと足を向けようとする半兵衛君を引っ張って、やってきたのは玄関。屋敷の住人に見られて大騒ぎにするより、外に出たほうがまだマシだ。町のひとなら私が月神香耶だとわかる人なんてほとんどいないだろう。

幸運にも誰にも見つかることなく玄関についたのだが、当然ながらうちに子供用の履物などない。どうする? と隣の男に顔をのぞきこまれ、私は唇を尖らせた。こいつ、ひとが困ってるってのに楽しそうだな。

「はだしで行く」

「だーめ。怪我したらどうするの。草履買うまで俺がだっこしてあげる」

言うや否や問答無用で片腕に抱き上げられた。そのまま半兵衛君は自分の下駄をはいて外へと繰り出す。私は大人しく彼の肩にしがみついた。
羅刹だとわかっているはずなのに、怪我の心配をされるのはなんだか面映ゆい。それに半兵衛君にだっこされるってのもなかなか新鮮だ。平素なら彼と私の身長はほぼ同じなのだから。

とくに足音を殺すでもなくカラコロと石畳を歩き、門を出たところで私たちの目の前に風をまとった忍者が現れた。婆娑羅小太郎だった。

「こたろう……!」

「あーあ。見つかっちゃったね。ま、香耶の変事に風魔君が気づかないはず無いよね」

小太郎は私に見えるように小さな下駄を差し出した。女児用で、朱赤のかわいらしい鼻緒をすえたもの。小太郎が買ってきたのだろうかと、思わず下駄と彼の顔を見比べてしまう。
半兵衛君は私を敷石に降ろしてその下駄を履かせ、そして再び抱き上げた。

「小太郎、げた、ありがとう。半兵衛くんとでかけるって、敬助くんにつたえてきてくれないかな?」

私の言葉に小太郎は了解して風の婆娑羅とともに消えた。

「さてと。香耶はどこに行きたい?」

聞きながら私の乱れた髪を撫でつける彼は、なぜか上機嫌だ。私はいろいろとぼろが出そうなのでされるがままである。もう家族に見つかりたくないからはやく敷地を出てほしい。
そう言って急かすと半兵衛君は少し考えて、再び歩き出した。

「それじゃあ、子供の扱いに慣れてそうなひとのところに行こうか」

「……そんなひとバサラにいたっけ?」




亀の甲より年の甲、とはよく言ったものだ。

「ええぞいええぞい。香耶殿の縁の子なら大歓迎じゃ」

やってきたのは小田原城。
私の縁者などこの世界にいるはずがないことくらい知っているだろうに、北条氏政のじっちゃんはなにも聞かずに私と半兵衛君を城で遊ばせてくれた。名前を聞かれなかったけど、それもじっちゃんの優しさだろう。
調子に乗って奥御殿でいたずらしたり探偵ごっこしたりした。

「いやー、見ためでゆるされることって、けっこうあるもんだね」

「それ、俺に同意を求めないでくれる?」

半兵衛君は唇を尖らせ私の額を小突く。彼の童顔は大宇宙の神秘ですよ。
中奥の縁側で女中さんがくれた餡子玉をほおばる。もともと顔見知りの女中さんは、私の正体に気付いてか、なんだか生温い目線をくれた。……仕事増やしてスミマセン。

朝は私と触れあうことに戸惑っていた半兵衛君も、ようやく慣れてきたらしい。今ではやたらと私をだっこしたり膝の上に乗せたりしたがる。

「香耶の子供の頃って可愛いよね。まるでお人形みたい」

それに、騒がないし、わがままもあんまり言わないから楽だし。とは彼流のブラックジョークか。

「がっかりさせるようでわるいけど、わたしがほんとに小さい子どもだったころは、さわぐしわがままも言う子どもだったよ」

……たぶん。

「昔は昔。今は今でしょ。そんな香耶も見てみたいと思うけどね」

言いながら彼は、膝に乗せた私を抱きこんで頬をつつくので、私はため息をつきながら軽く肩を落とした。
この格好でいれば子供扱いされるのは当たり前。もどかしくとも受け入れられるのは、いつか元に戻るはずだと妙に確信しているからだ。


冒頭に挙げた『この事態の原因である可能性三択』。
・敬助君の滋養強壮剤(新薬実験台)。
・無双小太郎の術(気まぐれないたずら)。
・紀之介君の呪い(ひとの不幸でメシウマ)。


「いちばんかのうせいが高いのは敬助くんのくすり、かなーって思うんだよね」

「なんでそんなの飲んじゃったの、香耶」

そりゃあ、侍医である敬助君が出してくる薬なら飲まないわけにはいかないからね。……たまにこういうシャレにならんお茶目かましてくるけど。悪夢の『真・石田散薬』とかさぁ。

「まだ風魔殿や吉継君の術だったら対処のしようもあるけど、薬が原因となると不安にならない? 体調とか」

「敬助くんのことだから、そんなにきけんなものじゃないと思うよ」

長い付き合いだし、そこは信用している。あのひと私よりも私の身体のこと解かってるからね。

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