先んずれば人を制す、かもしれない
※BASARA現パロ。


「香耶!やっと捕まえたぞ!」

「うん? かすがと孫市姉さんじゃん」

呼ばれて香耶が振り返る。そこには生徒でありながら普段なにかと世話を焼いてくれるかすがと、気安い友人である美人教師の雑賀孫市が、珍しくふたりそろって腕を引いてきた。なぜか剣呑な雰囲気のふたりによって香耶が連行された先は、仕事場である婆娑羅学園の裏庭だ。

香耶の仕事はおもに学園で校舎内外の清掃や修繕など雑用をすることで、同じ敷地内にいても生徒のかすがとも教員の孫市とも接触する機会はそう多くない。それなのにふたりがわざわざ香耶を捜して捕まえに来たということは、余程重要な用事があるのだろう。

「え、なに? 私なんかしちゃった?」

「しらばっくれるな。あの噂は本当に本当なのか!」

かすがの剣幕に香耶は「あの噂って」と首をかしげた。学園内では職種も服装も目立たない自分が人の噂に上るなんて思えない。そんな自覚のない彼女に、孫市はいつものことだとため息をついた。香耶は学園の男どもにとって高嶺の花。知らぬは亭主ばかりなり、である。

「香耶、お前はずっと昔の男が忘れられないのだと独身を貫いていたな。……だが最近、多人数の男と同棲していると聞いている。事実はどうなんだ」

「ええええ!!?」

随分過激な噂の内容に香耶は驚愕して絶叫した。

「いやいやいや君らみたいなスーパーモデル級美女を差し置いて、私みたいな平凡十人並になんでそんな噂が立つかな」

「我らとて根も葉もない風説になどいちいち惑わされはしない。だがこの件に関しては信頼に足る目撃情報があるのでな」

「も、目撃情報?」

香耶が問い返すと孫市もかすがも真面目な顔でうなずいた。このふたりが持ってくる情報だったらネットで拾うものはおろか、新聞などよりも余程信頼できる。それを知っている香耶は身ぶるいした。

「香耶の部屋のベランダで、お前の布団から下着まで干したり取りこんだりしているチャラ男を見たという者がいる。お前はひとり暮らしのはずだろう!」

「こちらは同窓会で飲み潰れた香耶を迎えに来て、無言でおぶって消えた男がいたと聞いている。目撃者によれば、お前の帰りが遅くなると迎えに来る男はふたりいて、ひとりは無口で赤い髪の男、もうひとりは先に出たチャラ男とやらのようだ」

「あ、あー、あの子たちのことかな……」

「身に覚えがあるんだな?」

視線を泳がせる香耶に、孫市たちの視線が険を帯びる。香耶は慌てて「同棲なんかしてないよ!」と弁解した。

「君たちが心配してるような、そんな爛れた関係じゃないんだよ。第一、私のあの12畳1Rであんなデカイ男二人と住むなんてムリムリ。こっちが耐えらんない。孫市姉さんとかすがとだったら大歓迎なんだけどさぁ」

「なっ、なに言って……!? おい、どこを見ている香耶!」

「かすがのその強気な胸元に私の視線は釘付けです。目の保養になるなぁ」

香耶が表情を緩ませながら、かすがの胸の谷間を眺めていると彼女は気恥ずかしげに頬を染めた。
しかし目の保養になるのは香耶も同じだと友人たちは内心思っている。薄い色素の肌や髪。宝石のように濁りの無い瞳。土で汚れたつなぎの袖からちらりとのぞく細い手足に、汗で髪が張り付くうなじ。彼女が気づいていないだけで、彼女もまた充分に魅力的な女性なのである。

「話を戻すが、その男どもは香耶の何なんだ」

「あの子たちはねー、見ての通り、ハウスキーパーみたいなことをしてくれる親切なお隣さん、ってとこかな」

「『親切な』だと? 金で雇っているわけではなく?」

「うん。最近両隣りに引っ越してきて、何かと面倒見てくれるんだ」

「香耶! 男が親切心だけでそんな事をするわけがないだろう。下心があるに決まっている!」

「私もそう思うぞ。そのようなカラスどもとは即刻縁を切るべきだ」

なんならうちに越してこい、なんて若干殺気立つ友人たちに詰め寄られて、香耶は軽く引きながらも手を振った。

「いや、私だって最初は警戒したよ? 怖いなーと思ってたよ? だって何個鍵を増やしても、帰ると中で晩ご飯作って待ってるし、洗濯たたんでおフロ沸かして玄関まで迎えに来て『ゴハンにする? お風呂にする? それとも俺様?』とか言ってくるし」

「おまえはもう家に帰るな!」

「そいつら立派なストーカーだぞ! 警察に通報しろ!!!」

「でも実害ないし、っていうかむしろありがたいんだよね。朝は決まった時間に起こしてくれて、バランス取れた朝食作ってあって。毎日快調超健康」

「すでに懐柔されている……だと!?」

「目を覚ませ香耶っ!」

気色ばむかすがや孫市に、香耶は苦笑してのらりくらりとかわすだけだった。心配性な友人たちが必死になる気持ちもわかる。自分の選択が常識から逸脱していることも理解している。常識からは外れていても、そのくらいの分別はあるつもりだ。
だからこそゴメンと、香耶は自分を案じてくれるありがたい友人たちに誠心誠意謝って、自分は大丈夫だからと説得した。最終的には納得してなさそうな顔をしながらも、定期的に様子を見に行くからな、と約束をして、かすがと孫市は帰ったのであった。




「……ただいまー」

帰宅した香耶を玄関まで出迎えに来たのは、今日は赤い髪の男のほうだった。男は無言で香耶のバッグを受け取り、職場で着ていたつなぎを出して洗濯機に入れ、空の弁当箱を手に奥へと消える。香耶は浴室へと直行して、土や汗で汚れた体を洗い、湯に浸かって一日の疲労を流した。

用意してあった部屋着を着けて、ようやっとリビング兼寝室の自室を覗き込むと、部屋の真ん中のローテーブルには夕食が並べられてほこほこと湯気を立てている。

「おかえり、香耶。ちゃんと温まってきた?」

明るい茶髪の男がてきぱきと夕飯のセッティングをしながら笑顔で言うので、香耶は薄く笑ってただいま、と返した。かすがや孫市がこの男をチャラ男と表現していたが、見た目だけなら言いえて妙だな、と内心でうなずく。実際の言動は完全にオカンだが。
香耶が席に着くと、ふたりの男もそれぞれ彼女の傍らに陣取った。

「なあ、香耶。風魔から聞いたぜ。今日俺たちの話してたんだって?」

その言葉に、彼女は赤い髪の男へと視線を移した。

「……また隠れてつけてきたの? 小太郎」

ため息混じりの詰問に、無口な男は言いわけなどすることもなく、ただ首を縦に振る。そして彼は視線を落とし、香耶の許しを請うように彼女の手をとった。

「香耶、いまさら俺らを捨てるなんて言い出さないよな? どこにも行かないよな?」

反対側の男も同じように彼女の手にすがりついた。

「はいはい佐助も小太郎も落ち着いて。約束したでしょ。人目のあるところではひっつかないで、普通にすること。言うこと守ってくれたらずっとそばにいるからね。佐助も小太郎も私のものだよ」

実際のところ、ストーカーを懐柔しているのは香耶のほうだった。自分の身を護るためにどうすればいいのか考えた彼女は、彼らを手なずけて抱き込む道を選んだのである。
もちろん彼らに対する好意がなければ、このような生活は長くは続かない。結局はほだされてるんだな、と自分に呆れながら、香耶はこの先友人たちをどうやって説き伏せようかと真剣に悩むのであった。
(2015/06/07)

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