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次に口を開いたのは太陽のような金の髪を持つ、不機嫌そうな顔をした美少年だった。
「ふん。この毛利千景を忘れるなど、不愉快だ。注意力散漫も大概にしろ」
「うう……すみません」
辛辣な物言いに私はがっくりとうなだれた。彼のあれは深憂の裏返しですよと横の幸村さんが耳打ちしてくれるけど、落ち込むものは落ち込む。
すると今度は迷彩柄の服を着たひとがひょいと手を挙げた。
「じゃ、次は俺様ね。俺様は人呼んで猿飛佐助。こっちの真田の旦那の忍だよ」
「よろしくおねがいします」
丁寧に頭を下げると猿飛さんはなんだか苦々しい顔をした。
「覚えてないだろうからもっかい言うけどさ、そうやって城主が忍にペコペコしちゃだめだっての」
忍は人ではなく道具だと、そんな説明をされてもいまいちピンとこない。猿飛さんも風魔君も人間にしか見えないもの。
「猿飛。平成の常識しか持ち合わせねえ香耶にそんな説明するだけ無駄だ。平成の日ノ本は、人間はおしなべて平等だからな」
と、平成時代をよく知ったような口振りで話すのは、黒髪に濃紫の着物の男性だった。彼は端正な容貌をこちらに向けた。
「霧隠才蔵だ。普段のおまえは俺のことを別の名で呼んでるがな。こんだけ人数がいりゃあ覚えるのも大変だろ。思い出せねえうちはこっちの名でいい」
見守るような、優しげな視線に安心してうなずいた。
そして最後に、長い赤髪の大柄なひとへと視線を移す。とりあえずこの場にいる者で未だ名を教えてもらっていないのは彼だけだ。
ずっと黙って話を聞いているだけだった彼は、私と目が合うとおもむろに立ち上がり、私のそばまできてしゃがみ込む。物々しい鉄甲に覆われた手をこちらにのばしてくるが、害意は感じられないので私は彼の動きを目で追うだけだった。
「……その無防備は生来のものか」
彼の指先が額に当たり、感触を確かめるように輪郭をなぞる。髪をかき分けて後頭部のたんこぶに触れたところで、これか、とつぶやいて止まった。
「痛むか」
「いたっ! 押すと痛いですよ……!」
「ククク、うぬがしおらしく鳴く様は感興が尽きぬ」
ただ面白がってるだけかこいつは! 身体を離して患部をさすると、彼は私の身体に腕を回し引き寄せて、そのまま肩にかつぎ上げた。
唖然とするみんなの顔が見えたが、それもほんのわずかの間だけ。浮遊感ののちに視界に飛び込む景色は外へと移り変わっていた。
「え、えええ!?」
香耶様ァアア! なんて声が遠くで聞こえて、はっと顔を上げる。どうやら私は屋敷から外へ連れ出されたらしい。
抗議の意味を込めて男の背中をべしべしと叩くと、彼は案外すんなり私をおろしてくれた。
そこは屋敷の庭の隅。私が転んで記憶を失ったという敷石のある箇所だった。さっきの場所からそれほど離れていない。証拠に三成さんたちの騒がしい声が届いてきている。
「びっくりした……。急になにするんですか。えっと……あ、名前聞いてない。教えてください」
「名など教えても意味はない。うぬに記憶が戻ればな」
「……名前を知りたければ思い出せってことですか」
それができないからこんな騒ぎになってるのに……。そういってむくれると男はくつくつと笑ってこんなことを言う。
「相応の衝撃を与えれば再び記憶が戻るであろう」
「え……や、やめてください何するつもりですか。貴方にブン殴られでもしたら私死にますよ」
「クク、うぬを壊すも悪くない。この世界に再び争乱の風が吹きすさぼう」
争乱……ああ、私重要人物なんだっけな……。幸村さんがそんなことを言ってたっけ。
なんだかまがまがしい雰囲気を漂わせる彼からじりじりと後ずさる。が、さっきの身のこなしを見る限り、私なんかがこのひとから逃げきれるわけがなく。
ダッと後方に駆けだした私を男は一足で追い抜いて、縁側の床板に少々乱暴に押し倒した。
「いったぁ!!」
床板にたんこぶのできている後頭部を打った。気を失うほどではないが、あまりの痛みで目尻に涙が浮かぶ。
しかも男の暴挙はそれだけにとどまらず、私の身体におおい被さってきて唇を重ねてきたのだ。
「……っ!!」
先までの粗暴さとは違って、その口づけは優しい気遣いに満ちていて、混乱する。
なんだか“いつもの彼”らしくない、なんて。
目を見開いたまま動かない私から彼は身体を離し、薄く笑った。
「思い出したか」
「……」
衝撃を与えれば、って……精神的な意味でか!
怒ればいいのか喜べばいいのかわからない私は数拍彼と見つめあって、そして大きく肩を落とした。
「これさ、もし私に記憶が戻らなかったら、私の中で君は完全に暴漢だよ。……小太郎君」
「ククク、“もし”など唱えても詮無きことよ。既にうぬは思い出した」
「まぁ、」
そうだけどさ、と続けようとしたところで小太郎君が私の上から姿を消した。その直後に、彼を狙ったのであろう、苦無が私の顔の横に数本突き刺さる。あっぶな!
「香耶!」
「香耶殿、ご無事にございまするか!」
そしてすぐに幸村たちがやってきて、横になっていた私を引き起こしてくれた。
三成君には「あの混沌に罰を下す許可を私に」なんて懇願されたが、奴の相手ならもううちの伝説がしているだろう。二人の姿はすでに敷地内にはないが。縁側の床板に残された苦無は婆娑羅小太郎のものだ。
苦無を抜いて手でもてあそんでいると、その様子を見て敬助君が首を傾げる。
「おや、記憶が戻ったのですか?」
「あ、うん。とりあえずみんなのこと、思い出したから。大変お騒がせしました」
なんだか決まりが悪くて、ごめんね、と軽く謝って笑う。
その後、どうやって戻ったのか、小太郎君に何をされたのかさんざんに問いつめられたが、あいまいにごまかすしかできなかったのは言うまでもなく。
無双小太郎と婆娑羅小太郎の間の確執と、異様に痛むたんこぶだけを残し、この騒ぎは収束したのだった。
(2015/03/29)
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