「……私って、一体何者だったんですか」

おずおずと山南さんをうかがい見ると、彼は困ったように苦笑する。

「そんなに不安そうにしなくても、君は君のままでいて大丈夫ですよ」

なんだかごまかされた気がした。
すると幸村さんが、唐突に私に向かって頭を下げた。

「私の配慮が足らず不安にさせて申し訳ありません。山南殿のおっしゃったとおり、香耶はなにもご心配なさらず、御身のことのみおいといくださいますよう」

「いえ……こちらこそ自分の不注意で面倒をかけてしまってすみません。ゆ、ゆきむらさん」

「我が名は真田幸村。どうぞ幸村と。貴女から記憶が消えようと、我が忠義は消えはしませぬ。この誓い、我が槍にて示すのみ」

ヒィ! やっぱりこのひとも私に仕える的な立ち位置のひとなのか! 見た目どう見ても私みたいな小娘より、武将然とした幸村さんのほうが偉いひとだろ。
返答に困った私は、とりあえずうなずくことにした。

「私、今なんにもわからないので、きっと私の振る舞いで貴方たちを傷つけたり呆れさせたりするだろうけど、頼りにしてますのでどうかよろしくおねがいします」

言いながら目礼する。まだ頭は風魔君に押さえられたままなので、軽く。
私の言葉に顔を上げた幸村さんは、やっと少し緊張のほぐれた表情でほほえんだ。

「やはり香耶は香耶のままだ。ご自身よりも我らのことを優先してしまうところは、お変わりありません」

いや、今ひとりにされると生きていけないので迷惑かけますけど見捨てないでね、と宣言しただけなんだけど。
山南さんがそんな私の疑問を正確にくみ取って教えてくれた。

「君を囲んでいるのは、香耶に膝を折り忠誠を誓った者ばかりですからね。君に『必要ない』と言われることは死活問題なのですよ」

「そうなんですか……」

よ、よかった。下手なこと言わなくて。身分で他人を隷属させることに抵抗がないわけではないけれど、今はそれを利用しないとこっちか死活問題になる。
と、ここで廊下の向こうから、今度はタタタ、と走る音が聞こえてきて私は閉口した。いったい何人いるんだここ……。もう関係者全員集めていっぺんに説明してほしい。



というわけで望み通り集められるだけ集まってもらった。
広い庭の見渡せる立派な居間に、いつものように座ってくださいとお願いしたら、男ばかりが私を上座に据えてぐるりと輪になった。
内心キョドる私に違和感を感じたのだろう。赤いライダースジャケットの青年がこてりと首を傾げて口を開いた。

「何事にございまするか。香耶殿がこのような昼間に皆を呼び集めるとはまこと珍しきこと」

「われは先ほど月君の身に不幸がふりかかった由を聞いゆえ、おおかたその件であろうと踏んだがな」

「やめろ刑部。香耶様はいつもと変わらずご健勝のご様子であらせられる」

包帯だらけのひと、銀髪の細身のひとと会話が続く。私はそれをどこかスクリーンでも見ているような気分で聞いていた。
集まった連中は皆それぞれイケメンだったが、クセの強そうな者ばかり。とてもじゃないがツッコミきれん。

まずは事情をよく知る山南さんが、私の身に起きた異変と経緯を説明した。私が記憶喪失であることをなんとか理解してもらい、ひとりひとり紹介してもらう。
先ほど口を開いたのは真田幸村、大谷吉継、石田三成と名乗った。やっぱり偶然ではなく本物の戦国武将なのだろうか……それも聞き覚えのある有名な名前ばかりで壮大な冗談にしか聞こえない。

「“真田幸村”が二人いるんですね。私はなんて呼び分けてました?」

「香耶殿は某を幸村君、と呼んでおられました」

「私のことは幸村、と」

それはずいぶん紛らわしいな……。なんで同姓同名がいるのかなんてこの際気にしないことにする。今は目の前の男たちの顔と名を覚えることのほうが急務だ。

「香耶ってさぁ、なんでこう次々と厄介ごとを背負い込んじゃうかなー」

と、愚痴をこぼしながらも私の顔をのぞき込んでくるのは、少年のような顔をした小柄な男性。その距離があんまりにも近いので思わずのけぞると、輪の向こう側で「重虎、貴様ァ!」なんて三成さんが中腰になって声を上げた。角度的にキスしているように見えたかもしれないと気づいて、私は恥ずかしくなり目線をそらす。

「あれ、照れてるの? 可愛いなぁ、香耶」

「あ、あの……名前、重虎さん、ですか?」

「俺は竹中半兵衛。重虎でも合ってるけど、香耶には半兵衛って呼んでほしいな」

目を細め、私の手を取る半兵衛さん。え、なに? 私はこのひとと特別な関係だったりするの?
すると逆隣りに座っていた幸村…さんが、軽くため息をついて私を半兵衛さんから救出してくれた。

「竹中殿。そのように香耶を惑わせないでください。勘違いなさいます」

「残念。それを狙ってたんだけどな」

あ、危ねぇだまされるとこだった。可愛い顔してとんだ危険人物である。

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