わすれ花
※「なまケモノ」番外



頭が痛い。
後頭部に手を当てると触れた箇所がずきんと痛んだ。何となくぽっこりと腫れている気がする。

「瘤のほうは半日とかからず治るでしょう。君は傷の治りが早いので」

「そう……なんですか」

風情のある立派なお屋敷の一室。どこまでも和風に統一された調度に囲まれ、私は医師だというひとと向かい合って座っていた。
和服にめがねをかけたその男性は、まず私の脈を取り、たんこぶに触れて、いくつか問診をした後にそう言った。

「しかし……」

そして深くため息をつく。私は心許ない気持ちでそんな彼を見返した。

「ああ、すみませんね。君の侍医を長年つとめてきましたが、こんな事は初めてで。私も不安なのですよ」

今はこれ以上手の施しようがないんです。と言われて、私も肩を落とした。私はこのひとをとてもがっかりさせてしまっている。



ことのはじまりは今日の午前中、私は庭で下駄の歯を滑らせすっ転び、敷石に頭をしたたかにぶつけたらしい。気を失った私は大事な記憶も庭に落っことしてきた。頭をぶつけて記憶喪失なんて……そんな本で読んだようなこと、実際に起こるものなんだなぁ。

「……(香耶、冷やすものを持ってきた)」

「わ……、あ、ありがとうございます」

どういう仕組みか、何もないところからぶわりと風が巻き起こったと思ったら、そこから兜で目元を隠した赤い髪の男性が現れた。
彼は私が目覚めたときからずっとそばにいてくれたひとだが、未だに彼の声を一言たりとも聞いていない。唇を動かして意志疎通を図ろうとしてくるのはわかるが、読唇術なんて持ち合わせていないため(少なくとも今の私は)、ジェスチャーや前後の状況で彼の言いたいことを把握するしかない。

冷たい濡れ手ぬぐいを差しだし見せてくれた彼は、私のお礼の言葉に一度こくりとうなずいて、そして音もなく近づいて痛む患部にそれを優しくあてがった。思いのほか接近されて身体が異常に緊張してしまう。
それが伝わったのだろう。彼はしゅんと落ち込んだ様子で、心持ち距離をとった。

「香耶、この状況でリラックスしろというのは無茶な相談でしょうが、警戒の必要はありませんよ。風魔君は君の僕です」

「え……し、しもべ……?」

山南さんの言葉に真横にいる風魔くんが当然のような顔をしてうなずいた。
こんな大きな日本家屋が私のもので、侍医がいてしもべがいて。私はいったい何をしているんだろうか。まだOLかなんかだったらよかったのに。ここでは私の中の一般常識が通用しなくて恐ろしい。

……自分の名前は覚えている。というか、山南さんに「君の名は月神香耶です」と言われたとき妙にしっくりきたので間違ってないと思う。だが周囲の人間関係、自分の仕事、過去にあったことなどはごっそりとぬけ落ちていた。

「あのー、山南さん。今って平成何年……というか平成であってます? 私へんなこと聞いてますかね?」

「……おそらく元来の君が生まれ育った時代が平成だったため、そのような認識なのでしょうね。生活していれば自ずと解るでしょうから言ってしまいますけど、ここは戦国時代です」

せ、戦国!?
ぱかりと言葉もなく口を開いた私に、山南さんは「香耶のそんな顔を久しぶりに見ましたよ」と苦笑してこぼす。

「…………ま、まさかぁ。山南さんったら私が何も解らないと思ってからかってるんでしょ」

頼む。そうだと言ってくれ。……心中でそう懇願しながらも、天井にふつうはあるはずの照明器具のたぐいが見あたらないことに気づいてしまった。

「そう思うのでしたら皆に聞いてみてはいかがです? もうそろそろ他の者たちが帰ってくる頃でしょう」

他の者……。この二人以外にまだ同居人がいるのか。
時を移さず部屋の外、廊下を急ぎ足で歩くような足音が聞こえてきて、私は障子ふすまへと目線を向けた。足音の主はふすまの前の廊下で膝をつき、私たちに声をかける。

「幸村です。知らせを聞いて馳せ戻りました。香耶はご無事でございますか」

「あ、はい」

自分の名前が出て、思わずうわずった声で肯定を返してしまった。命に別状はないと言う意味では、無事で間違いない。
どうぞ、と幸村と名乗ったひとを招き入れる。丁寧な所作でふすまを開き部屋に入ってきた彼は、布団の上で風魔君に頭を冷やさせている私の姿を見て痛ましげな表情をした。

「やはりお怪我を、」

「怪我っていうかただのたんこぶなんですが……」

問題は外傷より中身だ。私が言いづらそうに口ごもっていると、代わりに山南さんが幸村さんに説明してくれた。

「香耶は頭を打ったせいか、記憶喪失になっいましてね。どうやらこちらであったことも現在の家族のことも思い出せないようです」

「記憶が……? それでは私のことばかりか、あまたの戦場にてともに勝利をおさめたことや、香耶が指揮を執り日ノ本の列国を同盟で結び、乱世を治められたことさえも覚えておられぬと……」

「ちょ、ちょ、ちょっとまってねぇそれ誰のこと!?」

まじめな表情の幸村さんの口から飛び出してくる話は、とても自分のこととは思えなかった。
戦国乱世を治めたってなんだそれ。私は超サイヤ人にでもなったのか。

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