策に溺れる
※なまケモノの零凋(無双編) 番外if



いつも通りに、すがすがしい朝を迎えた大坂城。だが竹中半兵衛の部屋ではうってかわって物憂い雰囲気に包まれていた。

「うーん、俺には夕べ香耶殿に飲まされてからの記憶がないんだけど……これって、あれだよね? しちゃった後だよね?」

「……そうだね。昨日はちょっと痛飲が過ぎたな……」

香耶は昨晩の酒がまだ残っているのか、こめかみのあたりをぐりぐりと指でほぐしている。
深酒をして記憶を失い、同じ床敷で目を覚ました。互いに一糸まとわぬ格好で。

「香耶殿は昨日の晩のこと覚えてる?」

「……まぁ一応は」

なにを思い出したのか、香耶は恥ずかしげに目を泳がせた。
そんな彼女の珍しい反応を見て、半兵衛は思う。覚えてないなんてもったいないことをした。

「可愛いなぁ。ね、今からもう一回しない?」

「しないよ。今そんなことしたら吐く」

おふろ入って寝たい。つぶやくように言う香耶は、たしかに気分が悪そうで、そんな状態の彼女に無理を強いることはできなかった。残念。

「あ、でも」

と、ここでなにかを思い出したように香耶が顔を上げる。

「報告したほうがいいかな。秀吉公に、お宅の軍師傷物にしちゃいましたーって」

「は?」

「だってほら、君のこと責任もってお嫁さんにもらわなきゃ」

「いや、え? もらわれるの俺のほう?」

半兵衛は思わずぱちぱちと瞬いた。嫁って。立場が逆だ。

「香耶殿……俺、男だからね」

「私も君も女だったらこんな事態にはならないでしょ」

「そりゃそうだけど」

きょとんと首を傾ける香耶に、半兵衛は自分の額を押さえた。

「あ、こう見えて手に職つけてるから安心して、半兵衛君。三食昼寝とつましいけど静かな屋敷付き。もちろん君が大坂城で仕事を続けるなら毎日送り迎えしてあげるよ。どう?」

「どうって……」

垂涎の良物件に思える。というより、もともと香耶に気があった半兵衛にとって、この状況は降ってわいたような幸運なのだ。
だが目の前の彼女の真意はつかみかねた。冗談を言っているふうではないが、どこかぼんやりとしている。

「……香耶殿、もしかしてまだ酔ってるの?」

「酔ってないよ。じゃあいってくる」

「ちょっと、着物! 着物着て! やっぱり酔っぱらってるよ香耶殿!」

すっぱだかでふらふらと部屋を出ていこうとする香耶を、半兵衛は必死で止める。抱き込んでしとねの上に引き倒した。
宿酔のせいで力が入らないのか、香耶に抵抗する様子は見られない。だが半兵衛は彼女の身体をぎゅっと強く抱きしめた。

「あのさ、香耶殿。君が気を回さなくても、俺が香耶殿をお嫁さんにしてあげるから。俺の屋敷で一緒に暮らそ。三食昼寝におやつもつけちゃうよ。どう?」

「……乗った」

香耶が表情を緩めた。思えば起床して初めて見る笑顔だ。香耶もやっぱり動揺していたのかな、と半兵衛は彼女の髪をなでながら思う。

「よかった……半兵衛君をきのう無理やり襲った甲斐があった」

「え、香耶殿が俺を襲ったんだ」

策でも弄さなきゃ君は落ちないと思ってね。とつぶやくように言われて半兵衛は微かに肩を落とした。軍師竹中半兵衛をこんな強引な罠に引っかけるなんて。喜ぶべきなのか悲しむべきなのか悩むところだ。

うとうとと眠る香耶を抱き込んだまま、半兵衛はふたたび床敷に潜り込む。
今日はこのまま昼まで惰眠をむさぼるのもいい。

「とりあえずさ、起きたら今のやりとり全部忘れました、ってのは無しだからね?」

それまでは、お休み。香耶殿。

(2015/03/27)

| pagelist |

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -