ある日の晩。
館で休んでいると見知った佐助の部下が「敵襲にございます」とやってきて、私を奥の部屋へと押し込んだ。

少し待っていると部屋になじみの侍女たちが侍り「姫殿様は私たちがお守りします」と勇ましくなぎなたを構え部屋の入り口を固める。
身体的スペックが一般人の範疇を出ない私は不安だったが、お絹さんという年かさの侍女頭から実は火の婆娑羅者なのだとカミングアウトされてぶっ飛んだ。

「えええ、なんで今まで黙って……」

「姫殿様を戦の影に触れさせたくないという佐助殿の気遣いですわ」

「あいつ……年々過保護が酷くなっていきますね」

「お気持ちはわかりますがどうかご諒恕くださいませ」

「佐助殿は姫殿様が大切なのですわ」

なんて侍女たちは私と佐助の仲を勘ぐるようにニコニコと諭してくるので肩を落とす。

「妙な気を回さないでくださいよ。……まぁ、この土地も昔とは違い忍の里として有名になってしまいましたし、私もどこかの有力武将を迎えるよりは身内と婚姻したほうが良いかもしれませんが」

「あらあら、姫殿様も前向きでいらっしゃるのね! お相手は佐助殿? それとも明智様?」

「なんでその二択なんですか……」

「いっそお二方ともお迎えあそばされませ」

「やめてくださいお絹さんまで」

そんな逆転大奥恐ろしすぎる。
外では佐助も明智さんも敵襲の対応に追われているのだろうに、私のいる部屋は和やかだった。……いや、きっと侍女のみんながそうなるように明るく振る舞ってくれているのだろう。怖いのも不安なのも皆同じはず。

そのとき部屋の中を照らしていた燈台の火が消えた。一瞬で視界が闇に閉ざされる。私の周りを囲んでいた非戦闘員の侍女たちが身を堅くしたのがわかった。

「ひ、姫殿様っ」

「落ち着きなさい!」

と騒ぎだす子を一喝したのはお絹さんだ。彼女は自身の婆娑羅でなぎなたの先に灯をともす。
しかし……油切れでもないのに締め切られた室内の明かりが消えるなんて、不自然だ。私はまず敵忍の襲撃を疑った。

「お絹さん、待っ」

私の制止は間に合わず、上から彼女めがけて天井板が崩れ落ちてくる。
つかの間、明かりを取り戻した室内はふたたび暗闇へと戻り、今度はパチパチと音を立てて建物に炎が引火して視界は赤く照らされた。

「お絹さん、お絹さん!」

「姫殿様っ、お逃げくださいませ!」

お絹さんではない侍女の声が私に脱出を促す。彼女はどうなったのだろうか。部屋から出ると、警護していた忍や侍たちが倒れ死んでいて、私は虚しさや恐怖で涙をこぼした。

はやくはやく、とせっつかれて裏口を目指し走る。しかし後ろを走っていた若い侍女が急に血しぶきをまき散らして床に倒れて、私の足は止まった。
倒れた彼女を抱き起こすがすでに息絶えている。顔を上げれば、そこにいたのは物言わぬ忍がひとり。
恵まれた体躯を極限まで鍛え抜いた、目元の見えない赤毛の忍。私はこの男を見たことがある。画面越しに。

風魔小太郎だ。

自分の命が風前のともしびだというのに、私の頭は冷水でも浴びせられたかのように冷静だった。風魔が涙と煤で汚れた私の顔に手を伸ばす。しかしその手は私に触れることなく離れた。

「姫殿! ……っごめん、遅れちまった」

現れた佐助が風魔に苦無を打ち放ちながら私を強く抱き寄せる。

「外のは雑魚ばっかで相手にもならなかったけど……。風の悪魔、風魔小太郎……まさかあんたみたいな大物まで絡んでくるとはな。さすがの猿飛佐助もここは本気だぜ」

彼のセリフで、忍隊や明智さんをはじめとする家臣たちはみな大丈夫なのだろうと胸の内が少し軽くなった。

「佐助、彼と戦ってはなりません」

「なに言ってんだ。姫殿は隙を見て逃げろ」

至近距離で佐助の余裕のない声を聞く。私を抱く腕の力が、痛みを感じるほど強い。それほど風魔が強敵だから。
私には剣の腕も婆娑羅の能力もない。だからこそ、間違えてはいけない。頭を動かし、正しく状況を見極め、人を動かす。それが私の戦い方だ。

「忍隊はそこにいますね?」

私が問いかければ戸惑うように姿を現す佐助の部下。他は事後処理に散っているのか現れたのは三名だけで、風魔を囲むように武器を構えている。

「……姫殿」

「命令です。逃げ出した侍女をひとり残らず捕らえなさい」

まっすぐ風魔を見据えて言い放った私の言葉は、味方を捕らえよ、というもの。それに一瞬だけ驚いた様子を見せる忍たちだったが、何かを察した佐助がひとこと「行け」と促すと、彼らは全員命に従い外へ散っていった。

「考えてみればおかしな点がありました。物音もなく部屋の外の護衛は倒れ、風もないのに灯は消える。この襲撃は、すべて身内の仕業だと。そう考えればつじつまが合います」

私が口に入れる物は無毒かどうかを佐助たちが徹底的にチェックするが、護衛の者が食す物はそうではない。彼らは侍女たちに毒を盛られ亡くなった。部屋の明かりが消えたのは、私ではなく婆娑羅者の侍女頭を警戒して。その証拠に、真っ先に崩れた天井の下敷きになったのは私ではなくお絹さんだった。犯人はどうしても彼女が邪魔だったのだ。

「すべては私を味方から引き離し確実にしとめるため。これは敵の襲撃ではない。謀反です」

そして最後に。
こんな小細工、襲撃者が伝説の忍、風魔小太郎であれば一切必要ないはずだ。理由はわからないが……おそらく彼は、私の背中を狙っていた侍女の凶刃から、私を救ってくれたのだ。
私は、すでに骸となった侍女が手にしていたなぎなたに視線を落とし、そして風魔をふたたび見上げた。

「風魔小太郎殿。私の命を助けてくださって、ありがとうございます」

頭を下げようとすれば、風魔は手のひらをこちらに向けてそれを押し止める。彼は私の目の前に、一本の羽を差し出した。
大きくて黒い風切り羽を。

後ろの佐助が警戒心を露わにするのでうかつに受け取ることはできなかったが、風魔に私に対する敵意がないことはとりあえずうかがえた。しかし、声のない彼が私になにを伝えようとしているのか、わからない。
私が羽を前に首をかしげると、風魔は己の首の後ろを指さして、すっと横に引いた。

「首を切った……、鳥……?」

ふと、昔を思い出した。婆娑羅のことも忍のことも、なにも知らなかった頃、寺の森で大きな鳥の怪我を手当てした。首の後ろを怪我した黒い鳥。もう十年以上も前のこと。

「もしやあの鳥は……あなたの忍鳥でしたか」

そう問えば、風魔は首を横に振って否定する。そして私に背を向け姿を消した、と思ったらいつの間にか縁の外にいて、その背に黒く大きな翼を広げ、一瞬にして夜空へと飛び立ってしまったのだ。

ああ、河野の姫が彼のことを宵闇の羽の方、と形容したのだったか。風のように消えた風魔を思い、私は地面に捨ておかれた風切り羽を拾い上げる。

「風魔があの鳥の正体だったの……」

恩を返しにきてくれたのだろうか。

「……姫殿、あいつに情を移しちゃだめだよ」

「わかっていますよ。さあ、皆のもとに参りましょう」

どこか憮然とした佐助を連れ、私は煙の充満する館から外へと足を踏み出した。

(2015/03/03)

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