少年を拾ってからはや三年。私は十七歳になっていた。

「姫殿ー、先日の堤の決壊は町衆がとりあえず応急処置はしたって。洪水で死人はなかったみたいだけど土砂で埋まった田んぼがいくつかあるね」

「ありがとうございます、佐助。土木衆に改修工事の予算の書き付けを。普請役と水害の保証に関する書類には変更箇所があるので家老を呼んできてください」

「了解。姫殿はすこし休憩しなよ」

「ええ」

少年は忍の里でもともと「猿」と呼ばれていたらしいが、彼自身がその呼び名を嫌がったので、私が新たに「佐助」と人間らしい名前を付けた。
由縁は「猿」+「忍者」=「佐助」と私の中に刷り込まれた方程式から。真田十勇士……まぁ伝説上の武将だけど。

佐助は里に帰さず、この館で私の無茶振りに応えながら成長して、いまや私よりもよっぽど使える国士に進化した。年齢は今でもはっきりしないが、拾った当初私より確実に年下だと思っていたのに、あっと言う間に身長も追い抜かされてしまって、もうどっちが年上だかわからない。

あれから私は戸沢さんの里だけでなく、私の領内にあるいくつかの忍里から、使えないと判断された子供、障害を負った忍、その他諸々の理由で処分されそうな者を集めさせ館に買い入れるようになった。
そうした者たちに派遣警備業から土木工事、農園の手入れ、手仕事などを割り振り、自活できる者には大きなものではないが家を与える。そんなことをしているうちに館周辺は活気づいていっぱしの城下町みたいになってしまった。

無論、元忍たちからそれぞれの出身の里の機密が漏れ出ぬよう、多少の不自由は強いられる。定期的に所在を明らかにすること、抜き打ちで素行を監視されること、また必要とあらば間諜として里の要請に応じることも。

それでも私の未来知識と忍たちの知恵で生活水準はすこしずつ底上げされ、忍だけでなく商職人、知識人も多く流入し領内の人口が増えた。



「香耶さん、甲賀の里から使者がいらっしゃっていますよ」

「わかりました。すぐに参ります。明智さん」

明智光秀。このひとも私の館に仕官しているひとりだ。最初この人が来たときは「え、同姓同名の別人だよね?」といろいろ半信半疑だったが、もともとは斎藤道三に仕えていて今は浪人の身ですとか言われて私はがっくりとうなだれた。
ただし妻子はいないらしい。私の日本史知識が間違っていたのだろうか。

もっと根本的な話をするなら明智さんの外見からしてすでにおかしかった。この明智光秀、まるで日陰で育ったかのような蒼白の肌の色に白髪、得物は大きな鎌二本。まるでファンタジーの世界の悪役のようだった。教養はあるのに見た目で九割損をしている。もったいない。

そして私が婆娑羅と呼ばれるこの世界特有のトンデモ能力を知ったのは明智さんを召し抱えてからだった。

「明智さん、あなたの鎌から黒いもやみたいなものが見えるんですけど。それ、なんですか?」

「おや。忍を各国に送り込んでいるあなたが、婆娑羅をご存じないのですか?」

「……ばさら?」

ばさら……って、まさか……BASARA?

遙か彼方にあった平成時代の記憶が瞬時にフラッシュバックした。戦国BASARA。なにを隠そう私はああいったワラワラ出てくる有象無象をばっさばっさと切り倒していく無双系アクションゲームが大人になっても大好きだった。
一度記憶をつなげば関連知識が雪崩のようによみがえる。さぁっと青ざめた私は周りをはばかることなく過保護な近従の名を呼んだ。

「さ、佐助、佐助!」

「はいはいっと。猿飛佐助、忍び参るってね」

はいアウトォオオオ!
そんな口上聞きたくなかった。おまえが猿飛佐助ならあの真田幸村のそばには今誰が居るっていうんだ。
呼びつけるだけ呼びつけておいて、佐助を見つめたまま愕然と固まる私に、彼は心配そうな顔をする。

「どうしたの姫殿。もしかしてそこの死神にいらない話でも吹き込まれた?」

「いらない話とは心外ですね。館の奥で大事にお守りするだけでは香耶さんのためになりませんよ……フフフ」

その言葉に佐助が不愉快そうに顔をゆがめた。だからそういう言い方が誤解を招くんですよ明智さん。
佐助は私が昔から血なまぐさいものを怖がっているのを知っている。そのせいか敵を討ち取るのも尋問するのも館周辺では決して行わないし、争いごとの報告は慎重に言葉を選ぶ。彼を筆頭とする忍隊にもそれを徹底させている。

「佐助、正直に答えてください。あなたは婆娑羅者なんですか?」

「え……うん。あれ、師匠から聞いてなかった?」

私は頭を抱えてしまった。戸沢さんは佐助とは違う意味で、私になにも教えなかったしさせてくれなかったから。彼は今でも忍の里の内情に口出しさせてくれない。

「属性はもしや闇、ですか?」

「やっぱり知ってるじゃん姫殿」

「……、最後の質問です。信濃の豪族で真田というお家があるのを知っていますね。そこの当主、またはご子息に接触したことはありますか?」

「いや、ないけど……もしかしてあそことなんかあった? あそこも真田忍隊とかいうちょっと面倒な忍衆抱えてるし、喧嘩売ってきたんなら俺様が相手しにいくけど」

「いえ、そうではありません」

この佐助の「相手しにいく」は、すなわち潰しにいくってことだ。はっきりと否定しとかないと大変なことになる。
ただ……そうか。あるのか。真田忍隊。

「私の領内から真田に仕えた忍もいるでしょう。真田忍隊にちょっと興味が引かれます。長の名はわかります?」

「たしか霧隠才蔵っていったかな。伊賀出身の婆娑羅忍だよ」

それを聞いて私は複雑な心境になった。
やはり佐助はあの猿飛佐助だった。私は無意識にBASARAキャラを二人も抱え込んでしまっていたようだ。あのゲーム自体正しい史実なんか二の次のキャラゲーだったし、そう気にすることはないかもしれないが。

「……騒いですみません、佐助、明智さん。婆娑羅者を近くで見たことがなかったので少々取り乱しました」

「ま、姫殿は戦と無縁だからね。仕方ないって」

「興味がおありでしたら婆娑羅者同士の合戦にお連れしますよ」

言ってくつくつと笑い出す明智さんから、警戒した佐助が私を遠ざけた。
明智さんはご自分の冗談に満足しているようだけど、周囲は真に受けてるってことを少し自覚した方がいいと思う。
そうして何事もなく日々を過ごしているうちに、遠く安土城では信長包囲網の戦で織田信長が討たれたと耳に入ったのだった。

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