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山南敬助side



とにかくこちらの総大将香耶が行方知れずの現在、私たちが優先するべきことは、謎の鍵をつかんでいるであろうお市の方に会って話をうかがうことである。
長政公にある程度の事情を説明し、やっとのことで我々が浅井の敵ではないと理解を得ることができた。そして当初の目的であった、奥方に会わせほしい旨を訴えた。

「肺肝を開き話してくれた貴殿らの正義を私も信じることにしよう!」

そう言って御殿を案内してくれる長政公。だんだんとこの方の扱い方がわかってきた気がする。

しかしようやくお市の方との謁見が叶ったというのに、彼女は我々に会うやいなやほろほろと泣き崩れた。

「ごめんなさい……明月さまは悪くないのに……ぜんぶ市のせい」

お市の方は艶やかな黒髪に儚げな美貌の麗人だった。なるほど、たしかに無双のお市の方とは全くの別人である。あのお方には武家の姫君らしい朗らかさとしたたかさがあった。
長政公はすすり泣くお市の方に声をあらげた。

「な、泣くな、市! 策をもって我らを欺く賊こそが悪なのだ!」

「長政公のおっしゃるとおりですよ。貴女が気に病むことはありません」

「……ほんと? 長政さま……」

彼女が泣きやんだのを見て、長政公は私たちに向き直った。

「すまない、市は少々気が弱くてな……」

苦労なさっておいでのようだ。それでも長政公の声音に、奥方を案じて胸を痛めているのだと感じた。……それが奥方にちゃんと伝わっているかどうかは別問題だが。
応接の間で改めて対座し、お市殿が落ち着くのを待って、私たちは本題を切り出した。

「まず……盟王月君 月神香耶の精神世界に婆娑羅を介して干渉していたのは、お市殿、貴女で間違いありませんね?」

そう問えば彼女はこくんとうなずいた。元就公の予想は正しかったというわけだ。

「現場に居合わせた真田幸村の話によると、香耶とともに、彼の忍 猿飛佐助、豊臣の家臣 石田三成、大谷吉継が闇の婆娑羅に引きずり込まれたようです。彼女たちは今どこにいるのです?」

「市にはわからないわ……。とてもとおいところ」

……わからない?
私は土方君と顔を見合わせる。

「貴女に香耶を害する意図はなかったのでしょう。ならば貴女の目的は何だったのですか?」

「……だれかが明月さまを呼んでいたから。市は送ってあげただけ」

「そうですか……」

どうやらお市の方も詳しいことはわかっていないようだった。
するとここで土方君が口を開く。

「市姫。香耶がいる場所へ俺を送ることは可能か?」

その言葉に、お市の方はぱちぱちと瞬いて、困ったように首を傾げた。

「市だけじゃ……むり」

と、彼女が視線を向けたのは、私だ。

「明月さまのいるところはとても、とてもとおい場所。ひとの力ではたどりつけない」

──まさか、香耶は時を渡ったのだろうか。

ふと脳裏にうかんだ可能性に、私は眉根を寄せた。
香耶と私は世界を渡り越える能力を持っている。無双の世へも、そしてこの婆娑羅の世へも、この力を使って渡ってきた。しかしこの時渡りの能力は完全に無作為の能力だ。無限にあるともいわれるパラレルワールドの中から特定の世界を選び出すことができない以上、再び元の世界に戻ってこられる確率は限りなくゼロに近い。

「……もし、彼女が世界を越えたのだとするならば、もはや彼女がこの世界に帰る手だては……」

「明月さまは帰ってこられるわ」

私のつぶやきをお市の方が拾った。彼女の言葉に私ははっと顔を上げる。

「明月さまがこっちに手をのばせば、この子たちがひっぱりあげるから」

彼女の声に呼応して、足下から闇の婆娑羅と黒い手がうごめき盛り上がってくる。なるほど、これがあの話に聞いた闇の手か、と私は思わず身を乗り出したが、焦った顔をした土方君と長政公に「あぶない」と止められてしまった。
研究者としては、こんな珍しい婆娑羅は一度詳しく調べてみたいものだ。
騒ぐ我々をよそに、お市の方は闇の手を撫でながらぽつりとつぶやいた。

「……明月さまに、帰る意思があれば」

と。



結局、香耶の行った先に土方君を送るという案は一時見送られた。
私は香耶ほど時渡りの能力を行使した経験がない。ただでさえ不安定な力だというのに、特定の世界へ人を送るだなんて。土方君の身にもしものことがあっては対処しきれない。
……それならば、香耶とお市の方を信じて、ここでお市の方の護衛でもしていたほうが建設的に思えた。
昔から香耶に時渡り能力の厄介さや危険性を聞かされてきた土方君は、私の苦渋をくみ取ってくれたのか、なにも言わずに従ってくれた。

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