62

山南敬助side



月神屋敷で居残り組を説き伏せて、私と土方君はふたりで近江へと臨むことになった。

千景は小田原に置いて行く、と言ったら、彼は盛大に舌打ちをしていたが意外にもさほどごねることはなかった。まぁ、あれでも中身はいい大人。ちゃんと自分の立場も力量不足も理解して最善の行動がとれるはず。むしろ居残り組の中では最も冷静だった。
W風魔は結局最後まで姿を見せなかった。彼らが香耶以外の指図に従うとは思っていない。きっとそれぞれで行動するだろう。いずれ香耶の助けとなるべく。



さて夜の炎のワープホールを使い、ふたりで乗り込んだ近江国小谷城。
ここに威風あたりを払うがごとく立ちはだかるのは、小谷城主浅井備前守長政であった。

「来たな月神軍! 数多の軍を甘言でそそのかす悪の輩め、削除する!」

陣貝が鳴り響き始まる攻城戦。長政殿の号令で四方の門が固められ、湧いて出る浅井軍の兵士を前に私たちは首を傾げながらも刀を抜いた。

「……これはどうしたことでしょうかねぇ」

「さぁな。だが穏やかに話を聞いてくれそうな雰囲気じゃねえことは確かだ」

小谷城は堅固で知られた山城である。小谷山一帯を利用して造られた城郭は規模が大きく、私と土方君のふたりで攻略するには少々手に余る。
さらにこの真夏の晴天下に、得にもならない戦働きなどで時間と体力を浪費するつもりはない。

というわけで。

「ショートカットしてしまいましょうか、土方君」

「山南さん……あいかわらずえげつねえな、あんた」

にこりと笑みを貼り付けて土方君の肩に手を置く私に、彼は頬を引きつらせた。
そのまま目くらましのための幻術と、夜の炎を同時に発動。私たちはワープホールで小谷城の本丸へと飛んだ。

五本槍の方々の自爆(事故ですかね?)を傍観し最後の砦。あまりに早い我々の来襲に、浅井長政は目を見開き次いで険しい顔をした。

「くっ……やはり一筋縄ではいかないか。しかし卑怯な詐術で民心を操る悪は正義の前に叩き落としてくれよう!」

酷い言われようである。どうやら月神軍に対して並ならぬ誤解があるようで。
浅井長政が剣を振りぬくと光の婆娑羅が閃光を描く。闘志をむき出しにして走り出した彼に、我々も迎撃の構えをとった。

「いったん叩くぞ」

「……それしかないようですね」

数の上では劣っていようが負ける気はしなかった。
幻術と炎。そしてこれまでに培ってきた経験。チームワーク。幕末から平成の時代、数多の戦火を共にくぐりぬけた我々が、後れをとるはずがない。

霧の炎で広範囲に援護しながら、私と土方君とで長政公を挟み撃ちにし、動きを止める。土方君の小太刀と刃を競り合わせていた長政公の喉笛に、私の赤心沖光を押し当てれば、公は悔しげに表情を歪め、兵に退くよう下知を下した。

「長政殿っ!」

「逸るな! 理の兵ならば正義を信じるのだ!」

将兵らの心配そうな反応を見る限りでは、少々独善的な人柄ではあるが暗君というわけではなさそうだ。

「落ち付いてください長政公。我々に浅井に対する害心はありませんよ。あなたの兵に死者は一人も出ていません」

自爆した五本槍は知りませんけど。

「剣をおさめてくれ。この時勢で月神軍に敵対することが得策じゃねえことくらいあんたにもわかってるだろう」

我々がその気になれば小谷城を落とすことなど容易いのだと言外に匂わせると、長政公はようやく剣から手を放して私たちの声に耳を傾ける気になったようだ。

「――まずおうかがいしたいのですが、長政公はどうして我々を月神と知って、武力で迎え撃とうとなさったのです? こちらから使者が盟王明月の書簡を持って参りませんでしたかね」

……と言っても、香耶のあの乱筆文など解読不能だと言われてしまえば、ぐうの手もでないけれど。ただ、それだけで浅井が月神と敵対する理由にはならない。
長政公は私の言葉に胡乱げな視線を向けた。

「明月の書簡など受け取ってはいない。私は東国から来たという正義の兵から『月神が近々小谷城を攻める用意をしている』と忠告を受けた」

「それは……」

変ですね。
私は眉をひそめた。なぜならば、香耶が小谷城に向かうと口にしたのはほんの数日前のことで、しかもそれを知るものはかなり限定されるからだ。九州の情勢が不安定な今、列強同盟の一角 織田の配下である浅井に目を向ける勢力は多くない。
ちなみに香耶の目的は浅井への侵攻などではなく、お市の方との対談だった。

同じことを考えているのか、土方君も眉間にしわを寄せて厳しい顔をしている。

「その正義の兵とは、どのような人物でしたか?」

「正しき者を敵に売ることはできん!」

「まだそんなことを言ってるのか、長政公。形はどうあれあんたは俺たち月神に負けてんだ。素直に答えちゃくれねえか」

土方君にしては優しい物言いである。身分に配慮してか、月神の外聞の為か。彼が新選組副長だった頃の苛烈な様を思い出して、懐かしくなった。
そして長政公も土方君の言いたいことを正しく理解している。我々にその意志があれば、城を奪い、一族の首をはね、浅井の血を滅ぼすことだってできるのだと。戦に負けるとはそういうことだ。

「くっ、正義が悪に屈するなど……!」

公は悔しそうにつぶやいてうつむいた。

彼から聞き出した「正義の兵」という人物。大小の太刀をはいた武将だということがわかった。漆黒の髪に漆黒の衣服。中肉中背で歳は二十代半ばほど。これといって特徴のない人間だった。

その者の目的が、長政公をそそのかして月神軍……いや、香耶を討ち取ることだとするならば、これはつまり。

「山南さん……」

「わかっています」

月神軍に、裏切り者がいるかもしれない、ということだ。

私はなんとなく……状況的な根拠しかないが、先に近江へと向かった伴太郎の仕業ではないかと思った。
こんなふうに仲間内を疑う月神を見たら、香耶はきっと悲しむでしょうね……。

| pagelist |

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -