48
土方歳三side
大粒の雨が、石造りの四条大橋の石畳を叩く。
そこらじゅうに散らばる黄金の粒を濡らしながら。
香耶が橋から川へと落ちた。
蒼白になって欄干に手をかけた総司を、雪村がしがみついて止めた。
「ま、待ってください沖田さん! 命綱も無しに飛び込むのは危険すぎます!!」
「離せっ…泳げないんだよ! 香耶さんは!」
「落ち着け、総司!」
たしかに香耶の性格を考えて、この十年で泳ぎを克服している可能性は低い。しかも出血のせいで意識が朦朧としていやがった。
ゼロの野郎は弱って出てこられねえらしいし、このままじゃ香耶は確実に溺れ死んじまう。
その時、浪士をあらかたしりぞけた山崎君が、縄を持って俺に駆け寄った。
「副長!」
「よし。俺が行く。お前らは縄を頼む!」
俺は刀を外し、身体に縄をつないで、濁流に身を投じた。まだたいして大雨ってわけでもねえから、これでもマシなほうだ。
香耶の姿は川底にあった。見ると、袂に黄金が溜まって、その重みで沈んでいたようだ。
そいつを全部捨てて、香耶の顔を水面に引き上げる。
大丈夫だ。意識はねえが息はある。
しかし傷が水に浸かってると血が止まらなくなる。早いとこ陸に上げねえと手遅れになっちまう。
肩の傷口から水面に流れ出る血は、瞬く間に黄金に変じてぽろぽろと川底に沈んでいた。
「……説明は後でしてもらうぞ」
だから、死ぬんじゃねえぞ、香耶。
続く言葉は、声にならなかった。
川岸に引き上げ、雪村に傘を持ってもらい、その下に香耶を横たえる。止血のため肩口を布で縛り上げた。
香耶の顔に貼りついている髪をぬぐってやる。髪は元のまばゆいばかりの銀色を取り戻していた。
そうしていると下手人の宍戸槻が、島田に取り押さえられたまま声を上げた。
「歳三様は…それが化け物と知っても、受け入れられるとおっしゃるのですか!」
「うるせえよ」
「君さ、黙っててくれない? それ以上しゃべると僕が斬っちゃうよ」
「香耶さんは香耶さんです! 優しくて、明るくて、人の仕事の邪魔ばっかりして!」
おい雪村。最後のはただの苦情じゃねえか。否定しねえが。
「で、も…」
はぁ、やむを得ねえな。
まだなにか言いたげな宍戸槻の目の前で、俺は未だ気を失っている香耶の首の後ろに腕を回した。
そして。
その口に吸い付いてやった。
「……っ! んんうぅぅ!?」
香耶が驚いて目を覚まし、口を開けた隙に、舌をねじこむ。
俺が調子に乗って、わざと音を立てて口腔をかき回してやると、香耶の身体から徐々に力が抜けた。
そのぐったりとした身体を抱きこんで、香耶の肩越しに宍戸槻を見やり、にやりと笑って俺は言った。
「これが俺の答えだ」
「っ!!」
「連れてけ」
「は、はい」
監察方に連行される槻や浪士たちを見ながら、これでやっとこの件も終わったのだと息を吐いた。
「土方さん…加茂川の魚の餌にしてあげます。斬られてください」
背後で殺気立って鯉口を切る総司の相手は、まだこれからのようだがな。
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