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雪村千鶴side



私たちは路の左側を歩いていたものだから、香耶さんは利き腕から右肩を、刺客の女性にばっさり斬りつけられてしまった。

私が驚いて香耶さんの手当てをしようとすると、香耶さんはそれを押し留めた。
彼女は血が落ちないように、そして傷口を隠すように、袂を巻きつけてきつく押さえた。



「……っ何するのさ、君」

香耶さんの鋭い視線に、下手人の女性は慄然とした様子で立ち向かい口を開いた。

「…貴女は歳三様の許婚、琴殿とお見受けします…!」

「え? 土方さんの…?」

聞き覚えの無い名に 私は目を見開いたけれど、香耶さんは思い当たる節があるのか、平然としたままだ。

「ああ、ひょっとして君は、宍戸槻さんなのかな?」

「……」

ししどつきさん…?


その、槻さんという女性は、香耶さんを恨みのこもった視線でにらみながら、うなずいた。
よく分からないけれど、この人は、香耶さんを殺そうとしているんだ。
どうしよう…香耶さんだけでも、逃げてもらわなくちゃ…!!

がちがちに緊張してしまった私の手を、香耶さんはぎゅっと力強く握り返してくれた。

そして、冒頭の場面に戻る。
雨足は少しずつ強まっていった。




「あの浪士たちに、お父様の仇が貴女だって密告したのは私よ。奴らに貴女を襲わせて、こうやって貴女を殺す機会をうかがっていたの。
歳三様と生きてゆけないのならば、あの人が愛するあなたを殺して、私も歳三様の前で死んでやる!」

「え、ええー!? なんでそこにたどり着いちゃったのかな、お槻さん! それじゃ誰も幸せになれないよ! もっと前向きに考えよう!」

感情に任せて斬りかかってくるお槻さんの刃を、香耶さんは傷をかばいながらもなんとか避ける。香耶さんも帯の中に仕込んであった懐刀を抜いて、利き腕ではない左手で持って、逆手で構えた。
そしてお槻さんの振り下ろした小刀を、多少ぎこちない動きで受け流した。

しかし激しく動いた瞬間に、香耶さんは右肩の傷の痛みに顔をしかめる。
袂が緩んで、開いてしまった傷口から鮮血が飛び散った。


「「香耶さん!!」」


私と、今 四条大橋に駆けつけてきた沖田さんの声が重なる。



同時に四条大橋の中央で、香耶さんの傷から飛び散った紅い血の粒は、空中で丸く固まって黄金へと変化していった。



「えっ……?」

「何よ…これ!?」

私もお槻さんも目を見開いて動きを止める。
硬い音を立てて、それらはバラバラと地面へと転がった。
ありえないことが目の前で起こって、一瞬私の思考が停止した。


「……化け物っ!?」

「ぐ……っう」

香耶さんはお槻さんに刃を押し切られる。そのまま足元がふらついて、橋の欄干にぶつかった。

「香耶さん!」

「香耶!?」

血の気が失せてぐらりと体が傾いた瞬間に、香耶さんの髪から、狂い桜の簪が抜け落ちる。
水量の増した加茂川に吸い込まれていく簪。
香耶さんは朦朧としたまま、反射的にそれに手を伸ばし…

ぱぁん、と軽い水音を立てて、香耶さんの身体は加茂川に飲み込まれていったのだった。

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