香耶、といいます。
私がそう自己紹介したら灼月さんはなぜか頭を抱えていた。

幻術で見た目をごまかしたまま灼月さんと山南さんについていくと、目的地は意外にも人口の多い町の中心で。彼らの拠点はホテルだった。すごく高級なホテル。私が研究所に拉致される前だって、こんなところに泊まったことなんかない。平凡に生まれて平凡に育ってきたのだから。家族はもう、いないけれど。
私の身の振り方が決まるまで、灼月さんたちはここに滞在するらしい。
山南さんが幻術を解くと、私は元の被験服に戻ってしまった。なので久しぶりに温かいお湯で身体を洗い、清潔な衣服で身を包んだ。そして栄養満点の豪華な食事に手をつけながら、灼月さんと山南さんの会話に耳を傾ける。

「しかしあの研究資料は惜しかったですねえ」

「残しといてもしょうがなくない? また誰かに悪用されても困るし」

「我々の血を薄めるヒントが得られたかもしれなかったのですよ?」

「……ま、なんにしてもすでに灰となってしまったわけだけどね」

灼月さんは悪びれもなく苦笑して、ローストビーフを箸でぱくぱくと口の中に放り込んだ。

「……貴女、アレの後によく食べられますね」

「敬助君、果物だけでいいの? 食えるときに食っとかなきゃ。ねぇ、香耶さん?」

「……っは、はい」

急に話しかけられて、口に含んでいた水でむせそうになってしまった。

「それより、この娘をどうするつもりです?」

「路に連れてくつもりだけど……そんな嫌そうな顔しないでよ。案内役は私がするから。敬助君は送るだけ送ってくれればいい」

「まったく……君はそうやって危ない橋を一人でさっさと渡ってしまうんだから手に負えませんね。あとで沖田君が聞いたら卒倒しそうですよ」

「敬助君が言わなきゃバレないって」

「……いいですけどね。これが貴女のルーツなのでしょうから」

よく分からない話だ。でも私はこのひとたちに身をゆだねるしかない。
ちびちびとサンドイッチをつまむ私に、灼月さんは改めて向き直った。

「さて、香耶さん。君には大事な話がある」

「は、い」

ひょうひょうとした態度から一変して真剣な顔をした灼月さんに、私も手をとめてこくりと息をのんだ。

「君が打たれたカンタレラという毒薬だけど、アレは接種した者の血液を黄金に変える、というある意味夢の薬物なんだよ」

「……は?」

からかってるのかと思ったけれど、灼月さんの目は本気だ。

「うーん、どうするのがいいかな……見た方が早いか。香耶さん、ちょっと手を貸して」

「はい……」

灼月さんが自分の衣服のどこかから安全ピンを取り出すと、私の左手の人差し指にそれを刺した。あんまり痛くはなかった。研究所で味わった痛みとは比べものにならないほど小さなものだから。
できた傷口からは赤い血がぷくりと滲みだし、灼月さんに促されるまま、私はそれを空いてる皿に落とした。

「――え!!?」

私は目をむいた。
血は想像もしていなかったものに変化して、からん、と固い音を立てて皿の中に転がった。

「お、黄金!?」

「あの研究所はこれを作りたかったんだ。成功すれば無尽蔵に黄金を作れるようになる」

「……すごい」

血が黄金になる薬。たしかに、研究者たちが目の色を変えるのもうなずける。われながらこれは便利だと思うもの。
もしかして私、なにもしなくてももう生活に困らないんじゃ……

「喜ぶのはまだ早いよ〜」

え。
灼月さんが私の指を紙ナプキンで拭き取ると、あったはずの傷がなくなっていた。

「傷が消えてる……!?」

「血液の黄金への変化と自然治癒力の上昇。まぎれもなく貴女は成功例です」

「でも、いいことばかりじゃないんだ」

「え、どうして……?」

灼月さんは私の手を離し自分が座っていたところに戻った。

「この薬には副作用があるんだよ」

副作用。
ひとは見返りなしに何かを手に入れることはできない。昔どこかで聞いた言葉を思い出した。

「君のその人外の能力は、君の生命力……寿命を前借りして発揮されている。このまま放っておけばそのうち生命力を他人の血で補おうと本能が働くんだ」

「つまり、君は血を求め狂う吸血鬼になってしまったということです」

「そんな……」

残酷な事実を淡々と話すふたりに、私は言葉をなくしうつむくしかできなかった。
やっぱり私には明るい未来なんてありはしなかった。
皿に転がる黄金が今はなんだか忌々しかった。

「さて香耶さん。君にはここで選んでもらわなくちゃならない」

「え、」

「いつ血に狂うか分からなくとも、帰りたい場所に帰り、好きな人と再会して残り短い人生をここで過ごすか」

もしくは、と

「なにもかも捨てて永遠の命を生きるか」

好きな人なんて。帰りたい場所なんて、私にはもう……ない。
それでも私は生きたい。痛いくらいにまぶしい青空に目を細めて、私は生きたいと願った。

「……、永遠の命を」

この選択が私になにをもたらすかなんて、深く考えることなんかできるはずもなくて。けれど、「わかった、おいで」と私に手を差し出す灼月さんに、生命も運命もゆだねようと思った。
その手の未来にすがりついたんだ。


※要するに香耶さんを救ったのは、はるか未来の香耶さん(灼月はマフィアとしての通称)ということ。リボーンの世界で起こるタイムパラドクス(白蘭のGHOSTのようにパラレルワールドの自分が同じ世界にいると自我を保てないうんぬん…)は起こりません。
(2015/01/28)

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