※過去編 後編
※三人称



ドン、と天空闘技場が揺れた。
闘技場にいる者だけではない。町中の念使いたちが一斉に天空を見上げる。強大な力の誕生を感じ取って。

197階の試合を見ていた念能力者は己たちの目を疑った。
ヒソカvs香耶の試合はさほど好カードとはいえなかった。ヒソカはここに至るまで、不戦敗以外は対戦相手を一人残らず殺して勝ってきた念能力者。
対して香耶は突出した能力を持っておらず、一年経っても170階前後をうろうろとしている程度の実力。と思われていたのだ。今、この瞬間までは。

ヒソカのオーラをまとった拳で腹を抉られ、リングの床に血反吐を吐いた香耶から、膨大な量のオーラが爆発するように噴き出した。普通の人間ならばすぐに生命エネルギーが枯渇するほどの量だ。
ヒソカの念と違って禍々しい感じはしない。むしろ清浄で神々しくすらある。それでも審判も、そしてヒソカすらも彼女に近付けなかった。

「香耶、オーラを体に留めるんだ!」

珍しくヒソカが声を張り上げる。彼の表情はまるで得物を狙う肉食獣のようにギラギラしていた。
痛みに耐えるように瞳を閉じる香耶に、ヒソカの声が届いたのかどうかはわからなかった。ただ、彼が声をかけたタイミングで、香耶のオーラが目に見えて変わる。
オーラは彼女を中心に渦を巻き、いったん収束したと思ったら今度は鮮やかなオレンジ色の炎へと変貌し広がった。

「へ、変化系……!」

客席の誰かがおののいて呟く。香耶の姿を間近で見ていたヒソカは歓喜に震えた。

(変化……違うな。彼女はおそらく特質系だ◆)

香耶は手元で色の違う炎を傷口に押し当てている。あのイエローの炎には治癒能力を持たせているのだろうと推測できた。

どちらにしろオーラを炎に変えるなんて正気の沙汰じゃない。炎にまかれながら暮らしてきたとでも言うのか。しかも基本も順序も無視して一瞬にして発に至った。
これぞ――

「……天性の資質★」

ヒソカはこれまで抑えていた己のオーラを一気に高めた。
まだまだ彼女は美味しく育つ。わかっているからこそ、ここで彼女を一度叩いておこうと考えた。彼女はヒソカを忌避している。ここで消えてもらっては困るのだ。

トランプを構えて走り出したヒソカに、香耶は視線を向ける。その瞳は炎を反射しているせいか、透き通ってどんな宝石よりも美しい。ヒソカは彼女を実らせて壊すのではなく、初めてただ純粋に欲しいと思った。

放ったトランプに隠すように伸縮自在の愛(バンジーガム)を飛ばすが、香耶の姿は炎の残滓を残して掻き消える。瞬きする間もなくヒソカの後方、しかも頭上に、黒い炎とともに現れた香耶は、炎の噴射の勢いを乗せた強烈な蹴りを男の首もとに食らわせた。
ヒソカはとっさに堅で防いだが、そのまま地面に叩きつけられ衝撃で床材が砕け散る。

(ブラックは瞬間移動の能力か◆ まだ他にもバラエティーがあるのだとしたら……面白い★)

間違いなくレアな能力だ。すぐさま跳ね起きて体勢を整えるヒソカを前に、しかし香耶は距離を置いて自分の周囲の炎を消した。もちろん精孔の開いている彼女の周囲は、少しぎこちなくはあるが穏やかな纏を保っている。
香耶は口元の血を拭いながら薄く笑みを浮かべ、審判へと視線を向けた。

「審判、もうカウントはとらなくていい。私は棄権する」

とたん沸き起こるブーイングを意にも介さず、彼女はきびすを返しリングから去ったのだった。もう用は済んだとばかりに。



試合が終わった香耶は控室に入らず、夜の炎のショートワープで自室に戻った。ドアの鍵がしっかり閉まっていることを確認してから、こらえきれないといった様子で震えだす。

「うくくく……やった……!!」

やっとで念を手に入れた。しかも散々使い慣れた死ぬ気の炎。喜びのあまりベッドにダイブすると砕けた左腕に激痛が走って、喜びから一転。悶え苦しんだ。あわてて晴れの属性の炎を具現化し治療する。

「というかこれって具現なの? 変化なの?」

使っている本人が理解しきれていない。解かっていることは大空の七属性と夜の属性の炎を念で再現できるということだけ。理屈ではなく直感だった。
とにかくこれからすることは念の基礎修業を取り入れつつ炎の精度を上げていくこと。天空闘技場を出て新天地で生活基盤を整えること。贅沢を望まなければ働かなくとも暮らしていけるだけの貯蓄はあるが、せっかくだからこの世界でしかできないことをやるのもいい。

一気に目の前が開けた心地で治したばかりの腕をぐるぐる回していると、外側から唐突に部屋のドアが破壊された。

「!!!」

「見つけた◆」

香耶は部屋に飛び込んできたヒソカから反射的に距離をとる。ここまで接近されるまで気配を全く感じなかった。これが“絶”というものか、と内心感心する。
彼女はもうヒソカに関わり合うつもりがなかったため、その姿を見るまですっかり忘れていたが、この男が香耶を簡単にあきらめるわけがなかった。
ヒソカが手に持つ血まみれのカードを見て、香耶は面倒くさそうに頭を掻いた。ここに来る途中で関係の無い通りすがりの人間でも切り刻んできたのだろう。

「ヒソカ……さっきの試合で私に勝ったのだから、今日から200階の闘士のはずでしょ。200階には私なんかよりベテランの念能力者がうじゃうじゃいるんだろうし、そっちに行けば?」

きっと楽しいよー、なんて口先でしゃべりながらじりじりと後退する。そんな香耶をゆっくり追い詰めるように、ヒソカは距離を詰めた。

「あんな試合で僕が満足したと思ってるのかい★」

「……しないだろうね」

「僕をソノ気にさせるだけさせておいて、君は逃げ出そうとしている◆」

「まぁ、君は終始手加減してくれたんだろうし私も行きがかり上それを利用したけどさ、ここまでされる義理はないでしょ」

せっかく欲しいものを手に入れたのに、さっそく自分の命が風前のともしびだと香耶はうなだれた。……いや、表面上うなだれているだけで内心ではめまぐるしく逃げる算段を立てているのだけど。だが、ヒソカの次のセリフに香耶は目を見開くことになる。

「じゃあ義理なんかじゃなくてもっと深い関係になればいい◆ 例えば、恋人とか★」

「……は?」

「僕の恋人になるだろ◆香耶」

「いやそこは疑問形にしてよ。選択の余地がないじゃん……。というか、君は私と殺し合いがしたいんじゃないの?」

「それもいいけど、壊しちゃうのはもったいないなぁって思って★」

くつくつと笑いをこぼすヒソカに香耶は眉をひそめた。
こいつは自分で自分の性格を気まぐれで嘘つきだと公言している。気まぐれゆえに、大事なものがあっという間にゴミへと変わると、原作で。
つまり、この男の言葉は一言たりとも信用ができないのである。

考え込む香耶にヒソカが手を伸ばすが、彼女の生み出した炎に阻まれた。
炎の色は、ブラック。

「悪いが私はもうリスクをおかして君とともにいることにふさわしい価値を見いだせない」

他をあたれ。凛とした声と美しい双眸は、炎に包まれて消える。
ヒソカが伸ばした手は虚空を掴んだ。天空闘技場からも、この町からも、彼女の気配はすでにない。だがそれが、ヒソカの執着心をより大きなものへと焚きつけた。

「……ククク、逃がさないよ、香耶◆」

ここから香耶とヒソカによる大陸をまたにかけた壮大な鬼ごっこが始まるのだった。(2015/01/19)

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