※過去編 前編



いくらHUNTER×HUNTERの知識があっても、世界を渡った直後にここにたどり着けたのは幸運だった。

パドキア共和国の西。天空闘技場。

私はここで「ジャポンの貧しい田舎の出身だから、読み書きが満足にできない」などと適当なことを言ってエントリーをパスし、この世界の独特な文字を勉強しながらファイトマネーをこつこつと貯めることができている。

一番の目的は生活費を稼ぐことだったが、他にもある。念能力を身につけることだ。

前の世界では普通に使えていた死ぬ気の炎がこちらの世界ではどうにも満足に扱えない。指先にマッチ程度の小さな炎を灯すだけで、膨大な集中力が要るうえに燃費が悪くてすぐに疲れる。私の属性は大空と夜だったはずだが、夜の炎なんてどれだけ力んでも小さな火花しか出なかった。
このままじゃ国際人民データ(戸籍のようなもの)に登録の無い私にとっては死活問題だ。公的なサービスがほとんど受けられないのだから。せめて裏の仕事ができる程度の強さが必須だった。

炎が使えなくなったのはおそらく世界を越えたせいだろう。この世界ではこの世界の能力を身につける必要がある。しかしまともな念を教えてくれる人のいいプロハンターがそのへんにゴロゴロ転がってるはずもなく。仕方がないので、私は天空闘技場の150〜190階あたりをうろうろしながら、200階のバトルをチェックしつつ“洗礼”を受けるのにおあつらえ向きな闘士がいないかと吟味していた。
“洗礼”とは200階クラスの闘士……いわゆる念能力者から攻撃を受けて、念に目覚めさせられるという荒行だ。ただし非能力者が念で攻撃されると死に至る場合が多く、生き延びたとしても身体に重大な障害を残す者がほとんど。念能力はほしいがリスクは最小限に抑えたい。だからこそ慎重な吟味が必要だった。

そうして手を抜いた試合で勝ったり負けたりしながら、上のバトルを観戦したり念に関する文献をあさったり天文学的数字を記録していく預金通帳を眺めたりする日々が続き、1年が経過した頃。

私はなんか変なのに目をつけられた。

「キミ、早く200階に行きなよ◆」

「!」

実力を隠しているだろう? と唐突に男に言い当てられて、そのうえ石でもなんでもスパスパ切れる恐ろしいトランプを打ち放たれる。不意を突かれたわけでなければ避けるのは難しくない。だがこの男にはもっと厄介な能力があったはずだと思いだして、私は死に物狂いで間合いを取った。
彼の放ったトランプは、私の背後にあった選手控室に続く190階の案内プレートをやすやすと破壊してしまった。

「き、奇術師ヒソカ……? あなたほどの闘士がなんで未だこんな階下に」

なんて、なにも知らないふりして眉をひそめてみるが、実はこの男のアブナイ性格も念能力も原作でおおよそ把握している。こんな男から“洗礼”を受ける気はさらさらない。私なんかに絡んでないでとっとと200階に行けばいいのに。
滝のように汗を流す私の反応を見て、ヒソカは好戦的に口角を釣り上げた。

「イイね……やっぱりキミはとても美味しそうだ◆ キミと戦うために僕はこの階に留まっている★」

まじか。
ぞぞぞっと背に悪寒が這い上がるのは奴の常人離れした雰囲気だけが原因ではない。私にはまだ見えないが、おそらく練で威圧されているせいだ。

「キミの精孔を僕がこじ開けてあげてもいい◆」

言って手を伸ばしてくる。ヒソカの表情からは害意しか読み取れなくて、本能がこいつから逃げろと警鐘を鳴らすのに動けない。もうすぐで彼の手が私の額に触れる、というところで第三者の声がフロアに響いた。

「やめろ。彼女が嫌がっている」

私とヒソカの間に割り込んできた勇気ある男はカストロとかいう名のイケメン武闘家だった。現時点でこのひともまだ念能力者ではないが、原作の時間軸では200階クラスでヒソカと対決していた男だったはず。
たすかった……! 私この人のファンになりそうだわ。なんて調子のいいことを考えつつも私は野生の獣のような動きで二人から距離をとり、カストロさんが乗ってきたのであろうエレベーターに転がりこんだ。よ、よし今日のところは逃げ切ったぞ!

『ヒソカ様、香耶様。197階A闘技場へお越しください』

すぐにこんな放送が聞こえて絶望に打ちひしがれた。



十分後。指定されたリングの上でヒソカと対峙する私がいた。

ヒソカは私と戦うためにこの階に留まっていると言った。つまり私がこれを棄権したところでいたちごっこになるだけだ。ベストなのは、この試合で奴に精孔を開いてもらいつつ、穏便かつ速やかに負けて私に対する興味を失わせることだが……どんなムリゲー。できる気がしない。舌なめずりしながら身体の一部をたぎらせるヒソカを前に、早くもくじけそうだった。もうやだ存在がセクハラだこいつ。

『3分3ラウンド ポイント&KO制。始め!!』

審判の声が耳に届いた瞬間、私たちは同時に地面を蹴った。200階の試合と違って制限時間があるのだからのんびりしてはいられない。
ヒソカのストレートを肘で流して攻撃線を外す。懐に滑り込んで回転し踵をあごに向け蹴り出すが、のけぞってかわされ逆にヒソカの足で床についていた手を掬われる。しかしそう来ると予想できていた。足の動きが目で見えた瞬間に奴の側面に深く身を入れ、首と腕を制して体勢を転換させ、崩して宙に放り投げた。

「へえ……◆」

敵の力を最大限に利用した体さばきの技法は、力技の多いこの世界の闘士には珍しい戦い方かもしれない。一朝一夕や独学では身に着かない。
宙に投げられた体勢のまま感心したように目を細めるヒソカに追撃をかける。奴に念を使われたら手も足も出なくなる。その前に一発くらい殴っておきたい。
低い体勢から眼前に向かって突き。それを肘でガードされるがこれはフェイント。奴の急所を潰すつもりで全力の回し蹴りを放った。が。

その瞬間、猛烈に嫌な感じがして、私は軸足で地を蹴りとっさにヒソカから離れた。念だ。

実況や観客が騒ぐがいちいち聞いてる暇はない。
ヒソカが禍々しいオーラを放ちながら(見えないけど)、私に手刀を斬り出してくる。こんなの食らったら痛いどころじゃない。身体が真っ二つになりそうだ。こいつホントに私の精孔を開く気あんの? 殺されそうなんですけど!

今のところ互いにポイントはゼロだ。このままじゃ埒が明かないまま終わりそうなので、ままよ、とヒソカが繰り出した前拳を肘で抑えに出る。ヒソカのオーラをまとった拳は簡単に私の左腕の骨を砕いた。

「ぐっ……!」

念使いの相手をするならこのくらいの負傷は想定内。私は歯を食いしばって身体を引き、意地でヒソカの顔面にパンチを決めた。しかしヒソカは崩した体勢から私の腹を拳で深く抉ってくる。たまらず吹き飛んで血反吐を吐いた。

『クリーンヒット 香耶! クリティカル! ヒソカ!!』

審判が私に駆け寄ってくるのが見える。ヒソカを殴って1点取ったがクリティカルとダウンを取られ1−3と返された。血まみれで満身創痍の私を見て、誰もがヒソカの勝利を確信した。

――その時。

まるでせき止められていたものが噴き出すように、私の精孔が開いたのだ。

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