※ハンター試験前編


私は念が使えるが師匠がいたわけではない。天空闘技場の190階付近で階下から上がってきた念能力者に洗礼を受け精孔を開いたという、面白味のないよくある話だ。それでも五体満足で生き残って独学でいっぱしの能力者になれたのは、ひとえに「HUNTER×HUNTER」の知識があったからに他ならない。
能力を手に入れた私は、前の世界までずっと使用してきた“死ぬ気の炎”を念で再現することにした。炎の具現という制約は付くが、すでにイメージができあがっていたし、とりあえず昔の仲間ができていたことは属性関係なく私にもできるようになったので大変便利だ。

現在良く使うのは夜の炎のワープホールと霧の炎の幻覚能力、あとは晴の炎の治癒能力である。

「炎舞師の香耶。表向きは武闘家ですが、ハンター雇用専用ブローカーの顔も持つ。裏社会の有名人がこんなに若い女性だったなんて驚きですね」

かちゃかちゃと自前の携帯端末を操作しながら、私の前で私の説明を懇切丁寧にしてくれる男。ニコル君だ。
私は彼の言葉を肯定も否定もせず聞き流し、浮遊感のあるエレベーターの中でステーキ定食を腹八分目に収める。

「ここから先は私の指示に従ってもらうよ、ニコル君。私は君をこの試験に合格させるついでに君の体力・精神力大幅アップをはかるつもりでいる」

「甘く見てもらっては困りますね。俺は体力も頭脳も人より優れているんです」

「……ま、そう言わずに、さらに上を目指してちょーだい」

今回の仕事は彼の父親からの依頼で、ニコル君をこの第287期ハンター試験に合格させること。ハンター資格を持たない念能力者の私が、この依頼をこなすのに最も適任だった。……ヒソカも同じ条件だけどあいつは性格に難がありすぎる。私が出ると知ったら奴も申し込んでいたけどね。

エレベーターが最下層に着くと私は186番のプレートを受け取って、気配を絶ち壁際に待機。ニコル君は原作通り187番を受け取って、消えた私を少しだけ気にするそぶりを見せながらもあとは自由にしていた。
途中で全身を舐めるような変態からの視線を感じたくらいで、とくに誰かに絡まれるようなこともなく一次試験をむかえる。ちなみに原作では最初に脱落するのがニコル君だと知っているので、私は最後尾付近を走ってニコル君が挫折し膝をつくのを待ち、投げ縄で彼の身体を引きずってそのまま地下道を走りぬいた。

「香耶★ 君の背後から人がコンクリートにぶつかる音と悲鳴がずっと聞こえてくるんだけど◆」

「話しかけてこないでよヒソカ。こっちはお荷物運んでるんだから、周りに目をつけられたくないの」

「邪魔なら捨てればいいだろう◆」

階段を走りながらヒソカが周を施したカードを投げてくる。ニコル君を先端にくっつけたロープを切ろうとするそれを、私の雷の炎が弾いた。

「邪魔をしているのは君だよヒソカ。ニコル君に手ェ出したら君を別の大陸にワープさせてやる」

仏頂面で睨みつけ夜の炎をちらつかせると、ヒソカは手のひらを返し「ごめんよ、怒らないでくれよ★」と謝り倒す。ヒソカの前を追い抜いたあとに「妬けるな……◆」と小声で聞こえたのは気のせいってことにしておこう。ぞわぞわと奴の殺気が膨れ上がっていくのを背中に感じるが断じて私のせいじゃない。

地下道の出口に着くと、ニコル君はズタボロになって気絶していた。まったく、打たれ弱いんだから。ヌメーレ湿原でもニコル君を引きずりながら淡々と先頭集団について行った。走ってる間にニコル君が目を覚ましたが、痛いだの酷いだのギャアギャアとうるさいので目の前で岩を殴って粉砕し、黙らせた。

「香耶さ、も……もう俺、帰りたひ、れ……です」

「残念ながら依頼のキャンセルは依頼主からしか受け付けませーん」

こうしてニコル君は原作の運命に逆らい一次試験を突破したのだった。

二次試験は料理。ブハラさんのお題はブタの丸焼きで、炎を自在に扱う私には造作ない課題である。襲ってくるグレイトスタンプを、指先で弾き出した憤怒の炎(実際は憤怒っぽいオリジナルの炎だが)で二匹いっぺんに包み焼き。一瞬でできあがった豚の丸焼きをニコル君に運ばせて、私たちはトップで合格した。
次のお題はメンチさんのスシ。私は原作でこの課題が仕切り直されることを知っているため、ニコル君とは別の調理台で無難なスシを握って無難な順番で(要するにハンゾーくんの後に)試験官のところに持って行く。すると。

「ネタの下処理がなってない。臭みが出てるわ。ダメ、やり直し!」

「さようで」

無難な評価をいただいた。どうせ私の料理の腕は一般の家庭料理レベル。だから私の評価を聞いて試験官に殺気向けないでくださいよヒソカさん。ちなみに放っておいたニコル君は、ビスカの森で魚が捕まえられずスシを作れなかったらしい。使えないにもほどがあるぞこいつ。
結局、美食ハンターメンチさんの叩き出した合格者0名の結果に、ハンター協会の審査委員会が待ったを出して再試験。マフタツ山に生息するクモワシの卵をとってくる、というこの試験には、泣こうがわめこうがニコル君にも合格してもらわなければならない。

「あ……あの、香耶さん、俺このテスト、辞」

「もたもたしてないで飛べニコル」

「ぎゃぁあああああ!!!」

私は崖っぷちで谷を覗き込むニコル君のケツを蹴り落とした。そして断末魔のごとき悲鳴を上げ落ちていく彼をまたも投げ縄でからめ取り、増殖の性質を持つ雲の炎で縄の長さを制御してちょうどいい高さで落下を止めてやる。

「私の分の卵もとってきてねー!」

「は、はひ!」

すでに反抗する気力もなさそうだ。落下中に気を失わなかっただけ上出来である。試験管たちや受験生たちが私を見てドン引きしていたけど、特に何も言われずこれで二次試験は通過した。

さて飛行船の中で腹を満たし爆睡して翌朝。三次試験のトリックタワーである。ここでの合格順は四次試験に影響するので、できうる限りいい成績をおさめたい。理想は私とニコル君で一位、二位通過することだ。受験生たちがあらかたタワーの床に吸い込まれていくのを1時間くらい気長に待って、隙あらば辞退を申請しようとするニコル君の襟首をひっつかみタワー上部の端に立つ。するとヒソカが私のそばに来て絡み始めた。

「ヒソカ……まだ残ってたの?」

「まあね★ ひょっとしてここから飛び下りるつもりかい◆」

「まぁ、これが最短だろうからね」

「香耶なら傷一つなく着地できそうだ★ それじゃあ僕も一緒に、」

「おまえは来んな。予定が狂う」

私に抱きついて腰をすりつけてくる変態を回し蹴りで吹っ飛ばす。すると吹っ飛んでいった先の床がガコンッと抜けて、そのまま奴はタワー内部に消えていった。

「あの……香耶さん。今の……ヒソカさん、落ちた瞬間すごい顔してましたよ」

「ニコル君はあんなドMのことより自分の心配した方がいいよー」

と、ニコル君の襟を掴んだまま、私は地上の見えないトリックタワーから外壁すれすれを紐なしバンジー。彼の言葉にならない絶叫をBGMに、落下中襲ってくる怪鳥を憤怒の炎でことごとく撃ち落とし、地上が近くなったら大空の炎の逆噴射で落下速度を緩めて地面に降り立った。あとはそこから歩いて入り口を探し出し、目を回してるニコル君を引きずってゴールのタワー一階にたどり着く。

『186番香耶 三次試験通過第一号!! 187番ニコル 三次試験通過第二号!! 所要時間1時間22分!!』

「……よかった、反則とか言われなくて」

予定通りの結果に胸をなでおろした。だがこの試験の制限時間は72時間。丸三日もの間、ここでどうやって暇をつぶすかを考えるほうが、私にとってはよっぽど難しい試練であった。

四次試験は無人島でプレートの奪い合いサバイバル。島に渡る前に船内で三次試験通過順にくじ引きが行われた。私のくじにはでかでかと301の文字。私は頬を引きつらせた。

「香耶さんっ、お、俺のくじ……!」

なぜか表情を輝かせたニコル君のくじには186と書かれていた。ニコル君のターゲットは私である。つまりどうするべきかと言うと……。

「俺は辞退――」

「させるかバカ野郎。君は自分のプレートと私のプレートですでに6点なんだから、七日間死んでも守りぬきなさい」

もし誰かに盗られたら天空闘技場から紐なしバンジーさせてやる。と言うとニコル君は顔を真っ青にしてコクコクうなずいた。
で、問題は私である。私のターゲットは301番。記憶が正しければイルミ=ゾルディックの番号だ。真正面から戦って奪いに行くのもいいけど相手が悪すぎだろこれ……面倒くさい。しかしイルミを諦めるとなると私は1点のプレートを六枚集めなければならないことになる。

『第三次試験の通過時間の早い人から順に下船していただきます。滞在期限は一週間。その間に6点分のプレートを集めてまたこの場所に戻ってきてください。それでは1番の方、スタート!』

スタッフのお姉さんの指示で私はゼビル島に上陸する。長い第四次試験の始まりだ。

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