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雪村千鶴side
ぽつり、ぽつり、と、もうずっと降るか降らないかくらいの小雨が降っている。
上流ではすでに大雨が降ったのだろうか。四条大橋の架かる加茂川は水かさが増し、濁り水で流れが速い。
人通りも、いつもとは比べ物にならないくらい少ない。
私と、傷を負った香耶さんは、小刀を持った刺客に、その橋の欄干際に追い詰められていた。
「香耶さん、ゼロさんが助けに来てくれるんじゃ…?」
「ざんねん。ゼロは先々月の禁門の変の時に無理させてしまっているから、今は回復期間中。話はできるけれど出て来れないように精神世界に閉じ込めてるんだ」
「そ、そうなんですか……?」
よく分からなかったけれど、これだけは理解できた。
今は誰の助けも当てにできない。自分達で切り抜けなきゃ。
香耶さんは、私が守る!
そもそもなぜ私たちがこんな窮地に立たされているのかというと、それはほんの少し前のことだった。
私たちが談笑しながら歩いて四条大橋に差し掛かったとき。
いきなり十人ほどの浪士たちに囲まれてしまった。
「この女だ!」
「宍戸先生の仇、討たせてもらおう」
「え? 私?」
香耶さんは首をかしげて瞬いた。
「我々と一緒に来い!」
「ちょっと待って。宍戸溜三郎まだ死んでないんだけど」
浪士の一人が香耶さんの腕に掴みかかろうとした。
しかしその時。
ぐさっ!
「ぐああああ!!」
どこかからか小さな刃物が飛んできて、その浪士の手に突き刺さった。
「わあ、苦無(くない)じゃないか。珍しいな」
「香耶さん…もうちょっと慌てましょうよ」
香耶さんがのんびりした風だから、私の危機感まで薄れていく。
そうしているうちに、私たちの前に飛び出して、かばってくれる頼もしい人たちが現れた。山崎さんと島田さんだ。
「月神君、雪村君、ここは我々に任せて!」
「逃げてください!」
「烝君に島田君。やっぱり君たちか」
うなずいた香耶さんは、すっと下がって私の手を取った。
「あ、あの、逃げるんですよね?」
「うん。今は着物だし“狂桜”を持っていないからね。不利なことは否めない」
よかった。
香耶さんが無茶した結果寝込んだりすると、屯所のみんなにまで伝染してしまうもの。
香耶さんはやっぱり元気に私たちの仕事の邪魔をしていなくちゃ。それが私たちに元気を与えてくれているから。
浪士たちの相手を山崎さんたちに任せて、私たちは四条大橋を祇園方面に駆け抜けることにした。
しかし、橋の中央当たりに差し掛かったところで。
向かいから歩いて来た女の人が、何の前触れも無く小刀をもって香耶さんに襲い掛かった!
どしゅっ!
「っあ!!」
「きゃあああ! 香耶さんっ!!」
香耶さんは斬られてしまった。
刺客は、別にいたのだ。
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