月神香耶side



「……香耶さん」

「い、いらっしゃい総司君。よくここがわかったね」

なにやら途方に暮れたような表情で訪ねてきた総司君。昨日の今日で再会してしまうとは思わなかった。
なにかトラブルでもあったのだろうか。……ま、まさかさっそく“ちづるちゃん”に私のことがバレて破局の危機とか……!?

修羅場を想像して冷や汗をかいてる私をよそに、総司君は少しまぶたを伏せると、次の瞬間には覚悟を決めたような瞳で顔を上げた。

「香耶さん。僕、香耶さんのことが好きだから、香耶さんと暮らしたい」

「は……」

……私が好きだから、私と暮らしたい?
どう解釈したらいいの、これ。

「えっと、……彼女がいるのにそんなのだめだよ。総司君だって、自分の彼女が異性と同居してるなんて知ったら許せないでしょ?」

「違うって。彼女なんかいないんだ。僕の彼女には香耶さんがなってよ」

うん?
つまり、“ちづるちゃん”を奥さんにして、私を愛人にしたいということ……?

「いやいやいや、結婚前になにトチ狂ったこと言ってんの君は! そんな危ない橋は断固渡りません!」

「香耶さんこそなに言ってるの。絶対誤解してるよね」

一旦落ち着いて、ちゃんと話し合おう。となだめられ、促されて、私はしぶしぶ総司君を部屋に招き入れた。
観賞用の茶器セットから茶碗を二つ使い、パックの緑茶を淹れる。床に腰を下ろす総司君にちらりと視線をやると、彼の服装はスーツのまま。仕事の後そのまま来たことがうかがえた。ローテーブルにお茶を置くと、総司君は驚いた表情をした。

「この湯呑み、香耶さんの部屋に飾ってあったやつでしょ。使ってるの初めて見た」

「そう? 来客のときはいつもこれ使ってるんだよ」

「ふぅん……」

ふたりで淹れたてのお茶をすすり、一息ついておもむろに総司君は口を開く。

「あのさ、香耶さんがいつから、なんで、そんな誤解してるのか知らないけど、僕 千鶴ちゃんと付き合ってなんかいないよ。あの子ただの友達だから」

「え」

……あれ、そうなの?
総司君の言葉に、落ち着いていた思考がまた回り出す。

「でも、昨日デート……」

「違うから。ただ買い物に付き合ってもらっただけ。なんなら千鶴ちゃんに確認する?」

なんて携帯をちらつかせて恐ろしい提案をしてくるのを、私はブンブンとかぶりを振って遠慮した。手をつないでいた理由は“ちづるちゃん”が案外どんくさい子らしくて、逸れないようにするためだった。と、真剣な顔で説明され、私はひるみながらも相槌を打つ。

「じゃあ、結婚相手は別にいるんだ?」

「そうだけど……その言い方じゃあ、まだわかってないみたいだね……」

総司君は私の言葉に肩を落として頭を抱えた。
それを横目に、私は視界に入る時計へと意識を移す。総司君、晩御飯も食べていくのかな? もしそうなら準備しないと。
話と関係ないことを考えながら湯呑みをテーブルに置くと、急に総司君の手が私の手を掴むものだから、驚いて身体が硬直した。

「僕の目を見て」

言われて顔を上げれば視界は総司君の翡翠の双眸でいっぱいになる。

「いい? 今から僕が言うことに、『はい』しか言わないで」

「え、」

「返事は?」

「は、はい」

「ものが燃えた後に残るかすのことを何と言うでしょう?」

「……灰?」

「胸の左右に一個ずつあって、心臓を包んでる臓器は?」

「……肺」

「ランニング中に起こる陶酔状態のことをランナーズ何って言う?」

「ハイ」

「僕と結婚を前提にお付き合いしてくれない?」

「……っ」

そ、それは難問だ。
総司君は、瞠目する私の手を、自分の胸へと当てさせる。彼の手は熱くて、指先に伝わる彼の鼓動はとても早かった。



「返事は?」

「は、い」

その熱は、私にまで伝染してきた。今の私、きっと真っ赤だ。
この反応に総司君は嬉しそうな、それでいてどこかいたずらっぽい笑みを浮かべて、手を伸ばしてくる。

「僕、香耶さんが……香耶さんのことだけが好きだよ」

「はい……」

「香耶さんも僕が好きだよね?」

「はい」

火照った頬に触れて、寄せられる唇を甘受した。

「クリスマスに結婚しようね」

「……それは早くない?」

「返事は」

「……はい」

総司君なら、それでもいっか、と。
そう、思えた。

(2014/12/23)

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