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月神香耶side



せっかくの時代旅行、楽しまなきゃもったいない。
というわけで、私は三成君とともに京の市中を散策していた。

皆には不用心にもほどがある、と呆れられたが、市中警護はトラブルを避けるため新選組や見廻組らで分担されており、新選組の巡回地域は屯所から島原などを含めた歓楽街中心。禁裏、薩摩藩邸近辺は京都所司代の担当である。余程のことがなければ新選組の隊士と鉢合わせなんて起こらない、はずだ。

「みつ……佐吉君、無理に私に付いてこなくても、千景君の家に戻ってもいいんだよ。佐助君も偵察に出ちゃったから紀之介君ひとりで留守番だし」

「刑部のことならば御心配には及びません。あれでも婆娑羅者です。私の役目は香耶様の御前を遮る障壁をただ斬り倒すことのみ」

「いやこれ戦に行くんじゃないからね。散歩に出てきただけだからね」

相変わらずの三成君だが、彼が警戒するのも無理はない。
女性用の装いでは“狂桜”を持ち歩くことができず、私の装備は懐刀と佐助君に押し付けられた苦無だけだった。ただ、昔と違って今の私には死ぬ気の炎が使えるので、たとえ誰かに捕まったとしても、助けが来るまで待つしかないなんて事態にはならないと思うけど。

そして三成君を佐吉と呼んでいるのは念のため。末期とはいえまだ徳川の御時世だし。ちなみに江戸時代全般を通して豊臣に関する出版物等はタブーで、刑罰を科されることさえあった。

佐吉、というのは石田三成の幼名であるが、実は通称でもある。要するに大谷吉継を紀之介と呼んだり真田信繁(幸村)を源次郎と呼んだりするようなものだ。(あとは、竹中重治は半兵衛、伊達政宗は藤次郎、とか……)なので元服済みの彼を佐吉と呼ぶのは厳密には間違っていない。……でもまぁ、今気をつけていても、とっさのときには三成君って呼んでしまいそうだな。



禁裏から河原町通りを歩いて二キロほど。私はふと足を止めた。

「ここは」

「本能寺だね。こっちの世界では織田信長は明智光秀の謀反で討ち死にしたんだよ」

まさにこの場所で、というわけではないけれど。変で焼失した本能寺は豊臣秀吉によって現在の場所に移転、再建されたのだ。

「明智……奴ならばやりかねません」

「あはは、たしかに」

笑い事じゃないけどね。
この本能寺に長州藩邸が隣接。長州藩邸から南へ300mほどのところに池田屋がある。千景君に聞いたところ今は元治二年一月なので、池田屋事件はすでに終わっているということだ。

ふと本能寺の山門から通りへと視線を移すと、見覚えのある人影が視界を掠めて私は驚きに目を見開いた。

「香耶様!」

急に走り出した私に三成君は面食らうが、小袖姿の私に俊足の彼が追い付けないはずはなく、距離を開けることなくぴたりと付いてくる。
私は目的の人物のそばまで来ると、相手の名を呼んでいいものかわからず勢いのままにその腕を掴んで振り向かせた。

「!?」

「あの、待って……ください」

振り向いた相手の顔が驚いたような表情から不審者を見る目つきになったので、私は思わず口ごもる。しかし彼女は……いや彼は、やはり予想した通りの人物だった。

南雲薫、である。

「……なにか御用ですか?」

「あー……ごめんね、知ってる子にすごく似てたものだから、つい」

とは、その場しのぎの言いわけだったが、薫君はなにかピンと来るものがあったらしい。私が掴んでいた腕を放すと、彼は美しい女物の装束の袂を整え、居住まいを正して私の話に耳を傾けた。

「私に似ている方というのは、もしかして新選組の……」

「ああ、そうそう。今のとこ、たぶん私が一方的に知っているだけなんだけどさ」

警戒心の強い彼が私に向き合ってくれるのが少しうれしくて、適度に話を合わせてみる。この時期、薫君はまだ千鶴ちゃんと接触していないんだっけ? 千鶴ちゃんには薫君に関する記憶は無いかもしれないな……少なくとも私のいた世界ではそうだったから。

「人違いで呼びとめてしまって申し訳ない。私の名は月神香耶。今は……薩摩の風間に世話になっている者だ」

ここまで詳しく名乗っていいものか一瞬迷ったが、こうなったら一蓮托生。千景君を巻き込んでしまおうっと。
風間の名には聞き覚えがあるだろう、薫君は微かに身を固くして私と三成君を見やるものの、すぐに平静を装って優雅にほほ笑んだ。

「私は南雲薫。御縁があれば、また」

「うん、またね。薫さん」

互いに腹に一物抱えたまま、私たちは穏やかに別れた。
河原町通りからすぐそこにある土佐藩邸の方角へさりげなく視線を投げ、そして三成君を伴って来た道を戻る。

「……香耶様」

すぐに私たちに尾行がついた。土佐藩士か、それとも薫君の配下の鬼だろうか。斬滅の許可を、だなんて無名刀の柄に触れながら低い声音で耳打ちしてくる三成君に、私は世間話に応えるかのように軽く手を振った。

「放っておけばいいよ。私たちは所在を明かした。撒く必要はない」

むしろ風間邸に私たちが帰っていくところを存分に見届けさせてやればいい。
薫君は慎重で周到だ。今回のことでおそらく新選組だけでなく薩摩、風間、そして月神にも探りの手を伸ばしてくるだろう。
私たちが帰れる条件がわからない以上、布石は打てるだけ打っておきたい。ただ……千景君には多大なる迷惑をかけるかもしれないけれどね。

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