56

月神香耶side



小雨の降りしきる冬空の下。行くあての無い私たちをかくまったのは、驚きの人物だった。

「こちらです」

私たちを先導する赤毛の厳つい雰囲気の男。天霧九寿。
私はこの男を知っているが、やはり彼は私のことを知らいようだ。

「深いぬかるみは避けてください。足跡が残ります」

「うぅ、暗すぎてぬかるみどころか自分のつま先さえ見えないんですが……みんな見えてるの?」

「私はおおよそならば……」

「われも三成と同じよ。足跡などわれには関係ない話だがな」

「俺様ははっきり見えてるよー」

香耶ってあんまり夜目が利かないんだね、と言われて若干落ち込んだ。こいつらと比べるのが間違いだった。私の視力はいたって人並みだ。
目がしらを揉みほぐしつつ、気配を頼りに前を走る天霧君についていく。いまいち距離感がつかめなかったが、結構な道のりを走ったなぁ、と自覚してきたところで天霧君の足は止まった。良くは見えなくともなんとなくわかった。堂々たる門構えの大きな屋敷の前だ。
いざなわれるままに玄関を上がると、内装を照らすほのかな明かりのおかげで、そこが旗本屋敷のような豪邸だと気付く。

「……天霧くん、なぜ知りもしない私たちのことを匿ったりするの?」

「それはこの屋敷の主が説明します」

万感の思いを込めて聞いたつもりだったが天霧君はなかなか冷めた物言いだった。彼は私たちを匿うことが不本意のようだ。
……そらそうだわな。こんないかにも厄介事の塊みたいなのを誰が好きこのんで背負い込むんだ。暇と財力を持て余した鬼の頭領様くらいだろうよ。

ひとまずここのラスボスに会うまえに、返り血と泥で酷い有様の身体を温かいお風呂で洗わせてもらえることになった。冷え切っていたから助かった。
用意してもらった着物は明らかに女物の小袖で、戦国時代にはなかった広幅の帯に少し戸惑ってしまう。着方がわからないなんて言わないけどさ。明治から昭和初期ごろまでは私も日常的に女性用の和服を着てたし。でも衣紋を抜くなら髪上げないと……。
私は胸までの長さの銀髪をいじりながら屋敷の廊下を歩く。広い屋敷にもかかわらず使用人などの気配は皆無で、風呂から上がりたての私はひとり客間へ戻るべく歩を進めていた。

「待て」

「!」

そこで聞き覚えのある声が鼓膜を揺さぶり、私は立ち止まる。反射的に振り返れば、そこにいたのは……やはり、予想通りの人物で。

「ちか……」

思わず名を呼びそうになって、はっと口をつぐんだ。
この薄暗い屋敷に浮かび上がるような鮮やかな金髪に紅玉の瞳を持つ美貌の男。風間千景。西日本の鬼の一族を統べる、純潔筋の頭領だ。

幕末の時代、彼ら西の鬼は薩長に属し人間に手を貸していた。
この世界に私が関わっていないのならば、当然彼にとって私は初対面の女。名を呼んでしまっては不審に思われる。……もう手遅れかもしれないけど。
しかし、風間千景の唇からこぼれる次の言葉に、私はまるで鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けることになる。


「……久しいな。盟王、月君……月神香耶」

「っ!!」


なぜ。
なぜこの時代の千景君の口から“盟王月君”なんて言葉が出てくるのか。
混乱しながらも目まぐるしく思考を巡らせる私に、千景君は静かに近づいてくる。下ろしたままの私の銀髪をすくうように触れた。

「たしかこの髪は真田の忍と戦い切り落としたものだったな。では天下分け目の大戦より前の頃か。懐かしいものだ」

「…………」

なんだか聞いてはいけない単語を聞いた気がする。
千景君は確信犯であろう。人を食ったような顔でにやりと口角を上げたその表情に、私もすっと目を細めた。

「千景くんは……、毛利千景の生まれ変わり?」

「そうだ」

ただし、土方はちがうようだがな。
と小さく呟いた千景君は、すこしだけ憂えた視線を遠くへと向ける。
BASARAで毛利輝元の生を全うした千景君は、再び風間千景として幕末の動乱の世に生まれ落ちた。その苦悩を想えばあまりにもやりきれない。
だが先行きも目的も不明瞭な私たちにとっては、まぎれもない僥倖だった。



「遥か昔、強い力を求めた幕府に追われていた鬼の一族は、薩摩にかくまわれた。それが風間家、西の鬼の一族だ。風間家はその時の借りを返すため倒幕に手を貸している」

己が栄達のためではない。鬼の仁義のため、260年続いた江戸幕府を倒す西軍についた。
そう語る千景君の話を聞くのは、私に、三成君、紀之介君、佐助君、BASARAの世から来た一行と、千景君の後ろに控える天霧君だ。千景君は自分の前世のことについては触れなかった。

この世界の情勢、常識などをそれぞれが簡単に頭に叩き込んだ後、問題になるのは私たちがどうするべきか。どうすれば帰ることができるのか、だ。

「私の勘にすぎないけれど……やはり鍵は新選組にあると思う」

「しんせんぐみって、さっきの浅葱色の羽織の連中でしょ。都の治安を護ってるんだっけ」

「あれはむしろ後ろ暗い手段で暗躍している集団よな」

「まぁ、新選組の真義は政治犯を取り締まるところにあるからね。そのためなら手段を問わないこともあるさ」

出会いが出会いだったため仕方ないけれど、あまり新選組に良い感情を持てない様子の佐助君たちに、私は苦笑して肩をすくめる。

お市の方は私に『呼んでいる』『見つけてあげて』と言ってきた。幕末の世界での私は顔見知り程度のものも含めかなり多くの人とのつながりをもっていたが、基本的な行動原理は新選組に対する好奇心だった。そして今、この世界で私を必要とするものがあるとするならば、新選組に関係すること以外に考えられない。

「――彼らの中枢を暴く。この世界の新選組にはきっと何かあるはずだ」

たとえ、彼らと敵対することになろうとも。

皆の顔を見渡し不敵に言い切った喉の奥に、あるはずのない棘が刺さっているような気がした。

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