55

山南敬助side



陽射しのまぶしい真夏の小田原。月神屋敷の私の部屋では痛惜の表情で婆娑羅の幸村君が私の前に対座していた。

「これは某の不徳の致すところなり。申し訳ござらぬ山南殿」

「……私などに頭を下げないでください。幸村君」

香耶が消えた。
そう報告してきた幸村君は案外落ち着いた様子だった。それを不思議に思えば、彼の話から香耶はどうやらひとりで連れ去られたのではないからと。三成君、吉継君、そして猿飛がともに消えたことから彼女のそばにいるのであろうということだ。
私にはいささか微妙なメンバーにも思えるが……。

「しかし君が最初に私に報告しに来たことは正解でしたね」

「? それはいかなる意味にござろうか」

「香耶は良くも悪くも皆に依存されていますから」

「依存……」

「彼女に万が一のことがあれば、……と、この先は想像に難くないでしょう」

そう呟いて薄く笑えば、幸村君はゴクリと息を呑んだ。特に無双の世の武将たちにこの傾向が強い。彼らに婆娑羅の世で生きる居場所や役割を与えたのは、香耶だったのだから。

「香耶が消えたとあれば月神軍は崩壊。平和の象徴であった列強同盟も流会となり、この世は再び乱世へと逆戻りですかねぇ」

「うぅ……っ、由々しき事態にござる……!」

そう。
香耶ひとりの存亡がこの世の平和を左右する。その危うさこそ、香耶自身が常憂いていたことだ。


「さて、幸村君ならばこの先どうしますか?」

私の問いに、幸村君はまだあどけなさの残る顔をはっと上げた。

「某にござるか?」

「ええ。月神の一員として、君ならばどう動きます?」

月神として。すなわち信玄公の家臣としてではなく、この世界の平和を考える人間のひとりとして。
しばらく茫然としたように考え込んでいた幸村君は、なにかを決意した眼で私を見据えた。

「無論、香耶殿と佐助を奪還するためあらゆる手を尽くす所存なり。まずは月神の皆と協力し行方を追うのが賢明かと」

「成る程、そうですね。では月神の者を集められるだけ集めてくださいませんか。おそらく風魔以外は難なく捕まるでしょう。無双の幸村殿は小田原城で調練。土方君は千景と城下に出ていますので呼び戻してください」

「委細承知!」

やる気をみなぎらせ元気よく部屋を飛び出していった幸村君を見送り、私は息をついて筆をとる。

怪異の正体はお市の方の闇の婆娑羅ではないかと、以前香耶は元就公から助言を受けた。闇雲に探すよりこちらを当たったほうが確実。ただし夜の炎のワープホールが関係しているのならば……。

「今回は私が動かねばなりませんか……」

あまり屋敷を空けたくはないが、仕方がない。




「まったくもう。香耶って次から次へと何事かに巻き込まれるよね」

まず一番に私のところへとやってきた竹中殿は、事情を聞いて眉間を押さえるように頭を抱えた。

「それで、山南殿が書いてるその書状はなあに? 君の事だからなにかつかんでるんでしょ」

「つかんでいると言っても推測の域を出ませんが。とりあえず私は土方君とともに近江に向かいます」

「ええー、土方殿だけ?」

死ぬ気の炎が関係しているのならば、土方君や千景……もとい風間を連れていくのがベストであろうと判断したまで。ただし風間はまだ子供であるうえ、毛利からの預かり物なので除外する。となると、連れは残った土方君だけということになる。まぁ、風間ならば自分も行くと言い出しそうだが……。

「先に近江に行ってる伴太郎と合流できればいいんですがねぇ。こちらでは(無双の)幸村殿に月神軍の陣代を。竹中殿には列強同盟の全権を預けます。今は九州のほうでキナ臭い噂もありますし」

「わかってる。……山南殿の言うとおりにするべきだってわかってるんだけどね……」

いつも気丈な竹中殿の声音に明白な不安がにじむ。
香耶がいないこと。それがどれほど我々にとって心許ないことか、きっと香耶は知る由もない。


「心配はいりません。香耶は私が必ず連れ戻しますよ」

彼も、私自身でさえ、そんな空虚な言葉にすがりつくしかなかった。

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