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月神香耶side



予想した通り私たちに刀を向けて囲むのは新選組だった。

「……才歳?」

「に、似ているが別人であろうナ」

顔をしかめる佐助君に、紀之介君がにやにやと笑って続ける。彼らの目線の先は土方歳三。新選組の副長だ。

「てめぇら、どこのもんだ」

彼らの注目はまず目立つ紀之介君へと向いた。宙に浮いた輿に座り数珠を操る全身包帯の男。まぁ仕方ない。
彼もそれを解かっていて、わざと婆娑羅で数珠をぐるぐるとブン回した。

「紀之介君、威嚇しないの」

「ヒヒ、心配御無用。ぬしに当てはせぬ」

そんな心配などしていない。私は自由人の説得をいったん諦め、歳三君に向き直る。

「えーと……一応小田原から来た、ってことになるのかな」

正直に答えたのに睨まれた。
歳三君は私を視界に入れても特に何の反応も示さない。私に見覚えがないということだ。
私が幕末にいたころ、土方歳三とは江戸の試衛館時代から交流があった。すなわちこれが何を意味するのかと言うと……。


「……私がいない世界、パラレルワールド」

ぽつりとつぶやいた声に、周りにいた婆娑羅者たちの視線が集中した。


「土方さん、斬っちゃいましょうよ。この子たち、アレを見ちゃったうえ始末までしちゃったみたいだし」

「先走るんじゃねえよ。こいつらには聞くことがある」

彼らが私を知らないという可能性。初めからちゃんとその覚悟はしていた……はずなのに、胸が軋んで呼吸が止まる。
歳三君に近づいて、不穏なセリフを笑いながら口にする長身の男。

沖田総司。

その声に。姿に、私の五感が釘付けになった。


「また屯所に押し込めるつもりですか。もう一杯ですよ、あそこ」

「無駄口をたたくな、総司。どこに誰の目があるともしれん」

「一君は真面目だよね」

彼らの鋭い目線が私を貫いて、すうっと背中が冷えた気がした。
総司君が歩み寄る。動かない私の扇子を持つ手に、彼の手が触れそうになったとき、私の肩を抱き寄せ引き離したのは三成君だった。

「貴様の汚い手で香耶様に触れるな!!」

「へぇ、香耶ちゃんっていうんだ」

「くっ……刑部、香耶様を御護りしろ! この男は私が断罪する!」

「やれ、ぬしは激高に駆られるままにこちらの情報をくれてやるな」

三成君の温かい体温に触れたからだろうか、私はすこしだけ冷静を取り戻した。
まさに居合を抜き放とうとする三成君の鍔元を、炎を灯したままの扇子で押しとどめて、私は言い放つ。

「ここは退く」

「香耶様……!」

「さがれ」

三成君が私の顔を見て、何かを言いたげに口をつぐんだ。そんなに変な顔してたかな……平静ではない自覚はあるけど。

「ヒヒッ、では盟王明月様の御意のままに。忍よ」

「はいはいっと」

と、暫時姿も気配も見えなかった佐助君が、私たちと新選組の間に苦無を放ち、闇の婆娑羅とともに現れた。

「! 逃がすなよ、総司、斎藤!」

「わかってますって」

歳三君の一喝で総司君と一君が即座に動き出す。彼らの捕縛の狙いはこの一行で唯一の女でありながら明らかに皆より上の立場の私だろう。もし私が隊士だったら私を狙う。
まず歳三君が佐助君に斬りかかると、佐助君は大型手裏剣でそれを受ける。佐助君が一足一刀の間合いに踏み入ると歳三君は脇に身体を開いてかわし、相手の顔面に向けて突きを放った。

「うわっあぶな!」

佐助君はそれを紙一重で避ける。
歳三君や総司君の使う剛胆で実践本意の天然理心流は、戦国時代にも十分通用する千変万化の戦闘スタイル。羅刹や婆娑羅者じゃなくたって、雑兵とは格が違う。油断できる相手じゃない。

「やるねー土方サン」

「ちっ!」

ただ、やはりというか……佐助君のよく知る霧隠才歳のほうが、歳三君の生まれ変わりであるぶん培った経験も上だし嵐の死ぬ気の炎も操るため、敵に回せば数段厄介な気がする。そのせいか佐助君のほうに余裕があり、土方歳三を如実に圧している。霧隠才歳よりも年齢は上のはずの土方歳三がなんだか血気にはやって若々しく見えた。

炭を打ち合うような音が耳に響いて視線を向ければ一君……斎藤一の抜き打ちを三成君が流していた。

「どけ。目障りだ」

「……そうはいかん」

武士の左利き……所謂右差しの使い手は珍しいため三成君もさすがにやりづらいかもしれない。
だが三成君の居合は抜刀、納刀を神速で繰り返すイレギュラーなものだ。一撃必殺のイメージが強い居合も彼にかかれば隙のない圧倒的な殺戮の手段。

「ならば首筋を晒せ。今ここで斬首する」

「っ!」

一君の太刀を強引に圧し返す三成君は、婆娑羅者の武将の中でもとりわけパワータイプというわけではない。やはりどれほど厳しい鍛練を積んでいようと常人と婆娑羅者の差は大きいものか。というか、このままだと三成君が一君をホントに殺しかねない。

「殺さないでね、三成君」

「は」

一声かけると三成君はあっさりと私に随順した。その様子には苦笑する。
そしてそんな私と紀之介君に刀を抜いて迫ってくるのは沖田総司だった。

「お供の子たちが大事なら大人しくついてきてくれないかなあ、香耶ちゃん」

「ぬしらは狂人を退治て血に汚れた香耶殿に、しかと礼を言う立場であろ」

「そこが問題なんだよね」

振り下ろされる刃を紀之介君の数珠が受け止め、一瞬火花が散った。その間に私は総司君の目元めがけて扇子を投げつける。彼に大きな隙を作ると紀之介君を連れて人の気配の無い通りを走りだした。

「扇子はよいのか」

「あれがひとの命より貴重なものに見えるかい」

まぁ安物でもないけど。刀ならともかく扇子から私たちの素性が知れることもないだろう。
背後では二、三、刃を打ち合わせる音がしたが、私の灯していた炎が消えて近辺が暗闇に閉ざされると、三成君も佐助君も無事に戦場を離脱した。

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