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月神香耶side
佐助君は“闇属性の婆娑羅”と、私の“夜の死ぬ気の炎”の相性が最悪、みたいなことをこぼしていたけれど実際のところどうなのだろうか。他の闇属性のひとにも聞いてみようと思う。
「三成君、ちょっと私に向かって婆娑羅技をだしてみてよ」
「は……!?」
鍛練場で私と組太刀の稽古をしていた三成君は、私のいきなりな言葉に唖然と口を開いた。脇で見物していた紀之介君はひゃらひゃらと笑いだす。
「何を言い出すかと思えば、天上の月君は気でも違ったか」
「む。冗談だと思ってるの?」
私の態度に、これがいたって真面目な提案だと気付いたふたりは、我に返ったように顔を見合わせた。
「……闇の婆娑羅の性質を御存知ならば、いかに危険なことかお分かりのはず」
「体力吸って自分のものにするってやつでしょ」
うなずいて、香耶様にもしものことがあっては、と眉を曇らせる三成君は『凶王』の名におよそ似つかわしくない。過保護な弟か息子を持った気分だ。
「人選を誤ったかな……。ならば紀之介君、」
「サテ、われは鬼子と軍談の約束があるゆえ、そろそろ退散するとするか」
「わざとらしいなぁ」
矛先の向いた紀之介君が私と目を合わせずに道場から逃げ出そうとする。私はそんな彼の乗る輿の前に先回りしてへらりと笑った。
「ごめんごめん。ちょっと無茶言ったね」
たしかに急に婆娑羅でかかってこいなんて言われても困るわな。私の頼み方もまずかった。
「物分かりがよいようで、なによりよな」
「うん。だから――こっちから仕掛けることにするよ」
ぶわっと私たちの周囲に立ちのぼる夜の炎に、紀之介君が驚いて反射的に身を引いた。そして予想していた通り、友人を守るため彼と入れ替わるように三成君が間に入ってきて、私は口角を釣り上げ真剣を脇に構えた。
「香耶様!」
「先に言っておくが、さっきまでの組太刀のような寸止めはしない」
仕掛けられれば応戦するしかなくなる。さぁ、三成君はどうする?
私は低く伏せて相手の腿を狙い刃を打つ。今の三成君は小袖に袴だけの稽古着だが、たしか彼の甲冑は下半身部に若干の隙があったはずだ。それを想定した斬撃を三成君は納刀した無名刀で殺し、次いで流れるように抜刀。美しさすら覚えるほどの綺麗なカウンターだ。
もちろんそれを予想していた私は、身体を反転させながら狂桜の太刀を返し峰で受け流す。三成君は納刀に移らず再び切り結ぶので、甘い隙をついて受けた狂桜の柄頭を反転させ、彼の顔に強めに打ち付けた。
「っ!」
ふらりと身を引いた三成君の口元には、小さな傷と殴られてできた痣。なんというか……彼の色白な肌と線の細さも相まって、私よりよっぽど吸血鬼みたいに見える。
「、……なんと鋭い見切り」
「まだお互いに序の口だろう。次は手加減などさせないよ」
相手の動きの先々を読み合い、迎撃に迎撃を重ねる勝負。読みが早く、いなしを得意とする私の相手をすることは、居合を使う三成君にとって良い鍛練になるはずだ。
「やれ、ここに虎の若子が居ればさぞや興奮しきりであったであろうなァ」
「それだけでは済まんだろう。奴なら興に任せて参戦してくる」
的を得た分析だけど……そんな話をしていると、あちらから騒動がやってきそう。
「某にも稽古をつけてくだされ香耶どのぉおお!」
ほうら、噂をすれば影。
半分ほど開いていた道場の戸を勢いよく全開にしながら飛び込んできたのは二槍を手にした婆娑羅の幸村君。炎属性の彼には屋敷内での婆娑羅の使用を禁じているのだが、私の足元で揺れる夜の炎を見てテンションを上げた幸村君は、禁則を忘れて一気に発火炎上した。
「うわわ幸村くん待て待て待て!」
月神屋敷を破壊と創造が日常茶飯事の武田屋敷と一緒にしてもらっては困る。この屋敷は商家などが密集する町人街に建っているので、特に火災を出すわけにはいかないのだ。
ここで、慌てる私と幸村君の間を隔てるように、保護者の佐助君が現れた。
「ちょっと落ち着いて真田の旦那!」
「真田ァ! 香耶様の御屋敷に火花の一つでも落してみろ、私が斬滅してやる!!」
三成君の標的も完全にあちらへと移る。あれほど出し渋ってた闇の婆娑羅がじわりと湧出して、彼の足もとに暗い陰を落とした。
「ヒヒッ、香耶殿よ。はじめから虎若子を三成にけしかけておけば、もっと早く闇の婆娑羅が見られたであろ」
「それ幸村君に酷くない?」
他人の不幸でメシウマな紀之介君的には楽しい状況かもしれないけどさ。
とにかくあまりのんびりしていられる事態ではない。多少強引だが夜の炎のショートワープで全員を道場の外に出す。
そう決心して夜の死ぬ気の炎を制御し規模を大きく広げると、“謎の黒い手”がこれまでになく強く干渉してくるのを感じてはっとした。
目線を落とせば、床から生えてきた無数の闇の手が、私の足首をつかんでワープホールに引きずり込もうとしてくる。ひぃ! エグい光景……!
「なんと……!?」
異変に最初に気付いたのは私に注意を向けていた幸村君で、弾かれるように間合いをとり異様なワープホールから逃れた。
だが他はそうはいかなかったらしい。三成君と佐助君が闇の手にからめとられるのを見て私は夜の炎を消そうとするが、それぞれの闇の婆娑羅が影響して完全な主導権を握れない。まずい、と焦る私の手を紀之介君の包帯だらけの手がつかんだところで、視界を夜の闇が満たした。
――呼んでる。呼んでるわ。
はやく見つけてあげて。このあめがとけてきえてしまうまえに……。
そんな、儚げな声が聞こえた。
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