50

月神香耶side



朝起きたら酷い頭痛と悪心にみまわれていた。ずいぶん久しぶりに体感する二日酔いの症状だ。ありがたくない。
昨晩の酒宴の記憶が途中から抜け落ちている。昔、新選組の仲間が酔った私を笑い上戸で、泣き上戸で、それは酷い大トラだと評したことがあったな。なにもしでかしてなきゃいいけど……昨日の私。

偶然通りかかった佐助君に迎え酒を頼んだところ、バカじゃないのと叱られて布団に寝かしつけられた。その後、私がふすまを破壊した音で様子見にきてくれた婆娑羅小太郎にも心配をかけてしまったようで、節度を持てとか自分の限界を自覚しろとかお小言をいただいた。



「……忍ってさ、案外世話焼きなひと多いよね」

「それは仕える主の質によるんじゃないの?」

佐助君が持ってきてくれたスポーツドリンクを飲みほして再び横になり、ぽつりとつぶやけばそう返された。
主の質って……。佐助君と小太郎の場合、つまり幸村君と私の品格に問題があるってことか。
私の枕元にじっと控える小太郎に視線を移せば、そっと目線をそらされる。あからさまだな、おい。

「だいたい、主君が配下の忍と膳を並べたり、ましてやご飯作ってあげたりさ、そういうことしちゃだめだって」

「うーん……」

佐助君の言うことも理解はできる。
忍として生きる彼らには彼らの教戒がある。安寧の暮らしや不平を唱える声を封じてきた彼らに、私は少なからず酷なことを強要しているのかもしれない。
なんて、シリアスに語ってみたところでこのスタイルを変えようとは微塵も思わないのだけど。
たとえ私が命じたとしても、小太郎たちに忍を辞めさせることなんか、きっとできない。ならば私の言うべきことは。


「私のしたいようにするさ。主は私だもの」

「何それ横暴」


私に膝を折り忠誠を捧げると誓った彼らに、私は私の真心で応える。そこに迷いなどない。迷いなど、見せてはならない。
なんだか変な顔をする佐助君を見て、私は口元をほころばせた。

「刷り込んでるんだよ。私と彼らが、型枠通りの主従とは違う関係も築けるって」

誰かの上に立つ人間なんて、大なり小なり横暴でわがままなものだ。でもそれくらいじゃなきゃ、こんな我の強い連中をまとめて率いることなんてできやしない。

「……そんなことしてたら、そのうち風魔や才歳が忍として潰れちまうかもれないぜ」

「彼らの忍としての価値を決めるのは君じゃないよ」

それは主の私であり、そしてこの世に生き様を刻む彼ら自身だ。


「本音を言うとみんなとは、家族や友人として、いつまでも寄り添って平穏に暮らしたい。私はみんなを禄(ろく)で雇っているわけではないからね。私が幸せだと思うこと。心から望むことを、理解して、共有してくれたら。私にとって彼らは最高に価値のある“ともがら”になりうる」

それでは不満足かな、小太郎?

枕元の寡黙な忍を見上げて手を伸ばせば、彼はいつものように表情など一切動かさないままで、それでも私の手をとり握ってくれた。
そんな私を佐助君は、らしくない無表情で眺めて、最後にこう形容した。


「――あんた、そのうち身内から手痛い裏切りにでも合いそうだね」

「あはは! たしかに」

その言葉に、佐助君との会話中ほとんど自己主張のなかった小太郎から剣呑な空気がただよいはじめ、逆に私は声をあげて笑う。

「笑い事じゃないだろ」

「いいんだよ。だって、」

いつかみんなが、私の望むままにじゃなく、彼ら自身の幸福に気付いて自らそれを求めるようになってくれれば、それでいいのだから。
笑ったことで、束の間忘れていた頭痛がぶりかえしてきたような気がした。




この時の会話が佐助君の中でどう飲み下されたのか定かではないが、効験は目に見えて表れる。

ともかく宿酔を治すのには寝るのが一番だと言われて、ふたりの忍者に見降ろされながら身の置き所がない心地で眠りにつくと、次に起きるころには身体の調子もいくぶんか良くなっていた。

「あ、おはよー香耶、もう巳の刻(十時)だけどね」

「半兵衛君……」

本日二度目の目覚めは布団脇に座る半兵衛君の空々しい笑顔から始まった。避けられないお説教フラグに私は肩を落とす。
巳の刻か……完全に寝すごしたな。伴太郎の見送りはできなかった。
聞いたところ、案の定、昨晩の私は酒宴の席で大笑いしながらみんなにひっつきまわって酌をねだり、最後には歳三君に泣きついて落ちたらしい。痛すぎる。聞きたくなかったわ。反省する私に半兵衛君は苦笑して、もう飲みすぎちゃだめだよといつもより割増やさしめに釘を刺しお説教は終了した。

その後着替えて水でも貰おうと台所に行くと、そこにいたのは千景君と佐助君というちょっと珍しい組み合わせ。

「やっと起きたか、香耶。おまえの昨晩と今朝の醜態は聞いたぞ」

「う……」

鼻で笑う千景君は、実は昨晩の宴に参加していない。べつに飲酒できないわけではないが、自分は子供だからと彼はまじめにも自主的に摂生している。この世界の毛利輝元も相当長生きしそうだ。
で、ふたりは台所で何をしているのかというと、佐助君が幸村君のための大量のお団子を作っていて、千景君はその冷やかしだそうだ。千景君が皿に積み上がった草団子を虎視眈々と狙うのを、佐助君が阻止せんと目を光らせながらも私に視線を向けた。

「香耶、気分はどう? おちついた?」

「……うん。まあまあ……」

その視線や声音がことのほか穏やかなもので、なぜか私が混乱してしまう。彼は普段、腹に一物ある顔しか見せないから。

「菜園で採れた瓜があるけど食べる?」

「食べます!」

「即答だね……。千景くんもほら、香耶と瓜でも食べてな」

「ふん。仕方ない。出来上がった団子は俺にも残しておけ」

「はいはい。きな粉と餡を一本ずつでしょ」

「ああ。火種が必要ならば呼ぶがいい」

「千景くんに火を頼むとそのつど渡さなきゃならない団子が加算されるから嫌なんだけど……」

あ、そういうシステムなわけね。
案外打ち解けてるなぁ、このふたり。双方それぞれ性格に難はあるけどコミュニケーション能力は高いほうだしな。

菜園で作っているマクワウリは縄文時代から日本で食べられていたという代表的な水菓子である。出された瓜は種と皮を除かれ一口大にカットされていて、氷冷蔵庫に入れてあったため程よく冷えていてみずみずしい。
それを台所の上がり端に腰掛けて千景君と分け合いながらほおばり、佐助君が土間でテキパキと働くのを眺めた。

「馴染んでるね。台所と佐助君」

「あれはもともとそういう性情だろう」

台所と馴染む性情ってどんなだ。

「つまり根っからの家事メンってこと?」

「ただの器用貧乏だな」

「ちょっと、あんたら。本人の前で好き勝手に言ってくれるぜ」

佐助君談議に花を咲かせていれば話題の本人が小皿を持って傍にやってくる。味見用に作ったという小さな餡の団子を差し出され、私と千景君はそれに飛びついた。

「ほう。蓬の香りが良いな。餡の甘さもしつこくない」

「うま! この団子うまっ!」

「あーあー口のまわり汚してるって、ふたりとも」

まったくしょうがないなーなんて言いながら私の顎にこぼれた餡を懐紙でふき取る佐助君に、ふと私は気づいた。
彼の本質は、根っからのオカン体質のようだ。

| pagelist |

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -