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山南敬助side



もともと香耶は、独り身でなおかつ金に困らない境遇にあったため大層な酒豪を発揮していた。それが幕末の時代、微妙に体の虚弱な恋人ができて徐々に飲酒をセーブするようになる。再び独身に戻った大正・昭和時代にには金を湯水のように使うことができなくなり、平成の時代にはそれなりに財を築くものの、再び転生してきた新選組が集結して節制を余儀なくされた。
そういうわけで、彼女はここ数百年、正体を失うほどに泥酔するということがめっきりなくなったのである。

……が。

「あはははは!」

「やれ、これは見事な乱れぶりよなァ。盟王月君の名も形無しよ」

懐かしい家族と再会して羽目を外しすぎたのか、摂津の銘醸地で造られた口当たりのいい酒をかぱかぱと空けてできあがった笑い上戸は、月神屋敷の住人たちを戸惑いの渦へと陥れていた。
酒宴の席を急に立ったと思ったら、吉継君の膝にぐでんと寄りかかった香耶。「具合でも悪くなったか」と彼が座布団ごとふわりと動いたところで、けらけらと笑い転がりだしたのである。目下、酔った彼女のお気に入りは彼の婆娑羅だった。

というか、吉継君は座布団でも飛べたのですか。知りませんでした。彼、屋敷内では一応自分の足で歩いていますからね。
隣の三成君が至極複雑な表情で、たわむれている(ようにしか見えない)ふたりを見やっている。

「あはは、揺れてるー」

「ぬしはちと飲みすぎよ。その杯はわれが預かろう」

「やですーまだ飲めますー」

「……刑部」

「三成、われをそう睨むな」

「べつに睨んでなどいない」

くだんの香耶は、きのすけぇー、と彼の腰にひっついて甘えている。しらふの彼女ならば決してとらないだろう行動に、三成君は隣の友人に向かってカッと目を見開いた。

「っ断じてうらやましいと思ってなどいない!」

「そこまで聞いておらぬわ。ヒヒヒッ」

墓穴を掘った三成君を吉継君が笑うと、香耶もいっしょに笑いだす。
すると今度は無双の風魔殿が近付いてきて彼女の腰に腕を回し、猫でも抱くようにすくい上げたと思ったら己の胡坐の上へと座らせた。

「やー」

「クク……我の膝では不満か?」

名残惜しげに手を伸ばす香耶の目線の先で、風魔殿がゆらゆらと銚子を揺らすと彼女の興味もあっさりとそれに移る。そんな様子を眺め、猿飛が心底呆れた表情をした。

「あーあ、酒に釣られてあんな危ない奴の膝に座るなんて」

「破廉恥でござる……」

婆娑羅の幸村君は頬を染めて呟いている。彼が手にしている茶碗に山盛りの飯はすでに四杯めだ。

「幸村君もあれくらい女性に積極的になったほうがいいのではありませんか?」

「なっ! そ、それは某もおなごにああしろと……!?」

「ちょっと山南の旦那、うちの旦那に変なこと吹き込まないでくれる?」

すかざす彼の過保護な忍に苦言をこぼされ、私は肩をすくめた。
そのように幸村君を純粋培養して後々この世界の真田の血が途絶えようとも私はなんら困りはしないが、いずれ彼に嫁ぐであろう姫君のことを考えると少々心配になってしまう。
私の隣に座る土方君に視線をやれば、なるようになるんじゃねえか? と、なんとも無責任な返答だった。

……おや?
そこで私は土方君の膳を見てあることに気付いた。

「土方君……たしか君は前世でも前前世でもあまりお酒に強くない体質でしたが、今生では違うんですか?」

「余計なことを思い出してくれるなよ山南さん」

膳に杯を置いて溜息を吐く土方君は、皆にすすめられるままに相当量飲んでいるはずだが、さほど酔いが回っている様子もない。昔はなかなか厄介な酔い方をしていたので、今の彼の姿は新鮮だ。
私の言葉に首をかしげたのは、長らく土方君の同僚だった猿飛だった。

「真田の忍の中でも才歳はとびきりのザルだぜ」

「うむ。才歳は御館様と飲みかわして仕舞いまで潰れぬほどの酒客でござる」

「おや、そうなのですか」

ずいぶんと勇ましい話だ。馬鹿にしているわけではないが、土方君には似つかわしくない。
そんな私の思考が読めたのか、土方君はバツが悪そうな顔をして咳払いした。

「こっちじゃ酔いつぶれて醜態をさらすわけにもいかねえだろ」

「歳三くーん」

「……こいつのようにな」

ふらふらと酒席を一周してきた香耶は、皆の酌を受けてご機嫌の様子。明日の朝に響かなければいいが……一応二日酔いの薬でも用意しておきますか。

「歳三くんのもちょうだいよ」

「おまえな。どこの世界に膳を回ってもてなしさせる亭主がいるってんだ」

そう言いながらも甘える彼女を強く拒絶もできず、土方君は香耶に酒をついでやる。それを嬉々として呷った香耶は、しかしその直後に表情をゆがめて口元を手で覆った。

「んうっ、なにこれ」

「不味いか? 俺のぶんの酒は嵐の死ぬ気の炎でアルコールを分解してある」

「な、なんですと!?」

ああ、なるほど。そういうことですか。

「……つまり土方君は、今生でもやっぱり下戸だったというわけですね」

「…………下戸じゃねえよ。俺は飲まねえだけだ」

ひどいだのもったいないだのとほぼ半泣きで詰る酔っ払いを、土方君は憮然とあしらう。興味がわいたので彼の膳の酒を少しなめさせてもらえば、なるほど、なんだかくせの強い甘酒のような味がした。

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