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月神香耶side
やっと一日が終わった。
夕方になり、ご飯時になると客足もだいぶ遠のいたが、今日は一日を通して客の入りが多かった。
初日は普通に働いて終わり。しょっぱなから情報が入るなんて思っていない。私は慣れないことしてへとへとになって、何事もなく家路に着く。
かと思われたのだけれど…
「お琴さん、こっちに茶」
「おれにはだんごね、お琴さん」
「はぁ〜い」
しつこく居座る暇な連中がいた。服装や雰囲気からして浪人である。
「ねぇ、お琴ちゃん、僕におはぎとお茶をちょうだい」
「……!?………はぁ〜い」
店の隅に若干一名知り合いもいた。
びっくりした……。なんでいるの総司君。
今日彼は護衛組の当番じゃない。
今日は本当に疲れた。
お昼は旬の甘藷餡おはぎに栗鹿の子をおやつにもらって至福だったけれど、そんなお祭り気分はもう底をつきかけていた。
あとでまた貰うことにしよう。
「お前ら、ちゃんと勘定払えるんだろうな」
わっはっは、なんてあっちの浪人たちは冗談で盛り上がっているようだったが、ほんとにお足が無かったら切腹させるぞお前ら。
挙句の果てには…
「お待ちどう…ひぁ!?」
「かわいいね、君」
お尻を触られたりなんかしたら。
「あ、香耶さ……!」
「っなにすんだごるぁぁぁ!!」
「ぎゃああああ!!?」
しちゃうよね。一本背負い。だって女の子だもん。
投げ飛ばされた浪人の仲間が、気色ばんで怒鳴り声を上げた。
「貴様、なにをする!?」
「この女、我ら勤皇の志士に対し無礼ではないか!」
「香耶さん…」
「しまった…つい」
「香耶!」
隠れて護衛してた一君もとっさに飛び込んできて、店内は乱闘騒ぎになってしまったのだった。
松さんごめんなさい。おはぎくれるかなぁ…
説明の必要も無いだろう。
浪士三人vs私たち三人 の戦いは、私たちの圧勝で終わった。
そこにちょうど歳三君が私を迎えに来てしまった。
「てめえら何やってんだ」
「何って、香耶さんに不貞をはたらいた不貞浪士を捕まえてたんですよ」
「ふ、副長! 偵察初日に申し訳ありません」
「ったく…」
歳三君は頭をかきむしった。しかしそこに松さんがおずおずと近づいてきて、年嵩の浪士を指差して言う。
「あの、この人、あんたらが探しとったひとどす」
「「「はっ!?」」」
全員一斉にその浪士を見た。
こいつが、この痴漢の仲間が宍戸溜三郎!? 嘘!?
「それはまことか!?」
「なんだ、じゃあ僕たちお手柄じゃないですか」
「やった! 偵察初日で任務完了!」
飛び上がって喜ぶ私を、歳三君が襟首ひっつかんで止めた。
「はぁ…まだ終わってねえよ。こいつを尋問して確証を得るまでは続ける。それともっと声抑えろ。誰かに聞かれてたらどうする」
「おまっちゃーん、おはぎちょーだーい!」
「てめっ嫌がらせか!!」
こうして私たちは目的の勤皇家を無事捕まえることができた。
私が歳三君の言うこと(戦場になったら逃げろ、ってやつ)を聞かなかったため、彼にお説教を受けるはめになってしまったのは、また別の話。
しかし、この事件はこれで終わりではなかった。
このあと、私でさえも予想できなかった災難が、私たちに降りかかることになる。
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