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月神香耶side
「なに勝手に不問にしちゃってるの」
「ごめん出来心で」
甲斐の国臣が集う合議の場で盛大にはったりをかましてきた私に、御殿の外で待っていた半兵衛君が開口一番に言った言葉がこれだ。
ごめんなんて謝ってみるものの、反省している様子のない私を見た半兵衛君、無双幸村の苦々しい顔といったら。まぁ予想通りの反応である。
逆に笑いが止まらないといった表情なのは伊達さんだった。
「随分とdynamicに行動したじゃねえか。やっと盟王月君らしくなったな」
「伊達さんの中の盟王月君像はたぶんおかしいよ」
「どうみても不利な戦に挑んでは、いつもとんでもねえreversalするのが盟王月君だろ」
「酷い固定概念!」
しかし否定できないところが悔しい。
痛む気がするこめかみを揉み解しながら気を取り直した私は、躑躅ヶ崎館の外観を見渡した。
「……さて、佐助君の足止め班はどうなったかな」
と、呟くと、私の言葉を待っていたかのように、W小太郎と、そして若干遅れて幸村君の側にくたびれた表情の佐助君が現れる。
「ククク、猿回しはお仕舞いか」
「俺様ひとりに風魔ふたりけしかけるって、香耶、あんた鬼か……!」
「ごめんごめん。幸村君を連れ出すのを君に邪魔されたくなかったもんで。怖かった?」
「あんたも追いかけられてみればわかるよ」
W小太郎がそれぞれ愉快だったー、って顔してるから、おそらくはただ単に追っかけられただけじゃなかったのだろう。きっとぎりぎり命がけの攻防とかあったに違いない。……うん、夢に見そうなレベルで怖いな。
そんな私たちの会話に、幸村君は驚いたような顔をして私を仰いだ。
「なんと……、それでは香耶殿は忍の護衛も刀も持たず、あのような過激な行動に出られたのでござるか? 合議の場に女人があのように乗り込むなど、一歩間違えれば問答無用にて斬り捨てられる危険もあったでござろうに」
「君に過激だとたしなめられるとなんだかモヤッとするな……」
まぁ、狂桜を持たなかったのは、ただ単にこの着物に差し刀が合わなかったからだが。
「べつに完全に丸腰だったわけじゃないさ。当然懐刀は携帯しているし、私たちの護衛なら……彼がしてくれていただろう?」
すっと手を指し招くと、幸村君のそばに現れるもうひとりの忍。その姿に幸村君は相好を崩した。
「才蔵、いたのか!」
「いたのか、とはご挨拶だな。俺は一応まだ若の配下だ」
歳三君だ。このメンバーの前では取り繕う必要はないと判断したのだろう。腕を組んで彼を顎で指し示すあたり、素で主君を敬う気はないらしい。
それを苦々しい表情で眺める佐助君へと、歳三君は視線を移した。
「俺は小田原に同行しない。上田に戻り真田の当主、真田昌幸に話を付けに行く」
「……やっぱり忍隊を抜ける気か」
「真田とはそういう契約だ」
「旦那はいいのかよ?」
「俺は……、」
佐助君に問われ表情の沈んだ幸村君は、少しばかり答えを逡巡した後、まっすぐに歳三君と目線を合わせた。
「真田のためにいつも身を粉にして働いてくれる才蔵が大事だし、信頼している。そなたを失うことは家族を失うも同義。だからこそ、そなたが選んだ香耶殿に、そなたを託そうと思うのだ」
この言葉に歳三君が意外そうに眉を上げる。
「若の口からそんな殊勝な台詞が聞けるとはな。長居はしてみるもんだ」
「む。いつまでも元服前の子ども扱いは止せと言っているだろう」
「ああ。悪かった、幸村」
そう言って笑った歳三君の顔は、まるで手のかかる弟分を見守るかのような表情だった。
こうして色んな禍根を残しつつも、信玄公や武田家臣にわりと盛大に見送られながら、私たち月神一行は武田屋敷を後にすることができた。
武田と同盟を結んだ伊達さんと片倉さんも奥州への帰路につき、私たちもまた小田原へと慣れた道を歩む。
大事をとって馬上に乗せられた私は、この帰り道でやっと肩の荷が下りた思いで人知れず息をついたのだった。
これでしばらくは穏やかに過ごせる、か?
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