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月神香耶side
武田家臣に明月を狙う不届き者がいるという情報をつかんだ幸村君たちは、配下の忍を使い敵に明月を討ち取るならば今宵しかないなどと偽情報をつかませる。いや、実際佐助君が相模で二度の偵察に失敗していることから、あながち嘘情報とも言えないな。ともかく敵をあぶり出し一網打尽にする作戦。実際には黒幕を捕まえるというよりは、パフォーマンスに近いものだったのだろう。
なんだかやり口に『マフィア新選組』を髣髴とさせる荒っぽさだ。彼らもある程度はなんでもそつなくこなせる連中だったけど、本性はおよそ隠密とか向いてるたちじゃなかったからなぁ。
説明を聞いてるうちに耐えられなくなって、やっぱりちょっと吐いてくるわ、と散々な有様の庭園から離れようとしたのだが、過保護な保護者組みと空気を読む気のない婆娑羅組みがみんなして構ってくるので、困ったときの混沌召喚。無双小太郎に井戸場まで連れて行ってもらった。
この世界に来て、なんだかんだで私が一番以心伝心してるのって小太郎君だと思うんだよな。無双の世界にいた頃は、なんか付きまとってくる怪しい奴、って認識しかなかったのに、今ではこの安定の安心感。
「うぅ、お手数おかけしました」
「ククク、うぬが窮する様もまた一興よな」
「やめてそんな特殊な性癖で私を見るの」
胃が空になり多少楽にはなったので自分の足で歩いて戻ろうとするが、どうにも右足に引きつるような違和感がある。嫌な予感がして踏み石に腰をおろし、袴の裾を解いて確認してみると、毒の入り込んだ箇所は確かに傷は塞がってはいるものの、爛れて変色して酷い痕になっていた。
「こんなの知られたらまた敬助君に怒られる……!」
「……怒るのは敬助だけではあるまい」
わかってるよ。みんな私のために怒ってくれるってことは。
「だけど、敬助君や千景君は、“私を叱る”からね。そりゃもう容赦なく」
幕末、平成の私を知っている彼らは、私がたまにとんでもないばくちを打って、とんだどじを踏むことを知っている。
そのように説明すれば小太郎君は鼻を鳴らして、なるほどなと納得した。
「ではあの男もそうか?」
「あの男?」
唐突に問われて、彼が目線を向ける方向に、私も顔を向けた。
闇をまとうように現れた、そのひとは。
「歳三君……」
私を見つめる紫紺の瞳に、張り詰めた鋭さを宿している。
近づいてくるその歩みに足音が聞こえなくて、本当に忍なんだと少しばかりの寂寥を感じてしまった。
ゆっくりと歩み寄ってくる歳三君に、私も立ち上がる。身体を動かせばそのぶん気分の悪さは増すが、どちらかが手を出した場合に備えて歳三君と小太郎君を隔てておきたかった。
「私の怪我は闘いのさなかに隙を見せ敵の忍に背を取られたことが原因だ。君の主のせいだとは思っていないよ」
私がそう言うとなぜか歳三君の眉間のしわは深くなる。おかしいな。幸村君をフォローしたのに機嫌を損ねてしまったようだ。
瞬いていると、助け舟は意外にも背後に立つ小太郎君から出された。
「この世の霧隠才蔵は金子で技を売る傭兵よ。決して己を売らぬは尾を振る主がすでに心のうちに在るからであろう?」
「……ああ」
それって……。
ふたりの視線が間に挟まれた私に集中した。うぬぼれじゃ無ければ“霧隠才蔵の心のうちに決めた主”とは、つまり私のことになる。
ならば私がとるべき行動とは? 歳三君を引き入れるために幸村君や霧隠才蔵に責任を取らせること? 真田、ひいては武田の戦力を削ること? 思考の淵に沈みそうになるが、ふと半兵衛君が私に言ったセリフが脳裏をかすめた。
──香耶はいつもどおり敵も味方も蹴散らして我が道を行けばいいよ。
ああ、そうさせてもらおうか。
にやりと笑んだ私の顔を見たふたりの忍はのちにこう語る。あの顔は非っ常にあくどい顔だったと。
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