42

月神香耶side



死にかけているというのに笑ってしまう。

「ちっ、やっぱり致死毒か。香耶、しばらく我慢しろ。すぐ楽にしてやる」

なんて聞きようによっては殺人予告みたいなセリフも、彼が言えば不思議と安堵できるのだから。


武田屋敷を囲んでいた死ぬ気の炎が消失して、周囲は薄闇に包まれた。点々と配置されている篝火だけでは、少し離れた人の顔を判別するのは難しいほどには暗い。
そんな中で、この聞き覚えのありすぎる声の主は、私や敬助君がするみたいに指先に炎を灯し、それを私の足の傷口に当てた。

「……う」

「無理して動くんじゃねえよ。吐いたら窒息する」

相手を見たくて仰向けになろうとしたらがっしり頭を抑えられ顔を地面に向けられた。なにこれ感動もなにもないよ……。
確かに吐き気はするので、仕方が無しにこのまま声をしぼり出す。

「もしか、しなくても、歳三君……なんだよね?」

「…………ああ、まあな」

「その間は、何」

「この世界で俺をそんなふうに呼ぶのはおまえだけだからな」

そういえば千景君は毛利輝元に成って生まれ変わってるんだ。だとしたら歳三君もこの世界の名や立場があって不思議ではない。

「違う名で呼ぶべきかな……」

「好きなように呼べばいい。どうせ霧隠の名は道具みてえなもんだ」

「霧隠って、」

真田十勇士か。霧隠才蔵か!
頭を抱えるように額に手をやると、額は大量の汗がにじんでいた。

「傷が塞がっちまったか……できるだけの処置はしたが、身体は動くか?」

「動くけど……力が入らない。あと、きもちわる……」

「──香耶、ちゃんと生きてるよね?」

ここで敵をあらかた片付け終わった半兵衛君の、若干不機嫌そうな声が上から降ってきた。
半兵衛君なら私が毒で死ぬことはないって知ってるだろうから、この問いはおそらく歳三君に向けてのものだ。きっと緊急事態だったとはいえ信用しかねる歳三君に私を預けることになったのが気に入らないんだろうなぁ……。北条の女中すら信用できなくて、床に伏せる私の湯浴みさえ自分でやってのける男だし。この軍師は。
いまだにうつ伏せにさせられている状態で二人の表情は見えないが、とりあえず私は苦笑して片手を挙げた。

「生きてるよ。症状はだいぶ軽い。歳三君の炎のおかげでね」

「そう……起こして大丈夫?」

「こんだけ動けりゃ問題ねえだろ。おい香耶、吐きそうなら我慢するんじゃねえぞ」

仮にも乙女に無茶言わないでよ……と呟くと呆れたような声で「乙女なんて歳でもねえくせに」と返される。私は口の減らない元新選組副長のわき腹に手刀を叩き込むが、毒のせいで力が入らず彼はノーダメージだ。そしてお返しなのか、なぜか頭を撫でられた。解せぬ。

半兵衛君の手を借り身を起こし地面に座ると、やっと周囲の状況を見渡すことができるようになった。
そして懐かしい、歳三君の顔も。……と思ったら逆から手が伸びてきて、手拭いで顔をがしがしと擦られた。

「むぶぶ、はんべ、見えない」

「だって血と砂まみれで酷い顔だよ。俺こんな主君、人前に出せない」

それは正論だと思うけどちょっと雑すぎ……なんだか恨みこもってない? 君の恨みを買った覚えは…………記憶してる範疇にはないんだけどな。
と、ぐだぐだやってたらそばにあった歳三君の気配が急に遠のき、かわりに彼のいたところに二、三本の苦無が突き刺さった。

これは、小太郎のものだ。

私がそう思い至って歳三君の姿を探すと、少し離れた場所で歳三君と婆娑羅小太郎が忍刀を競り合わせている。ふたりとも速っ!

「ま、待った! 小太郎待て……っげほ!」

このふたりの勝負の行方は大いに興味あるが、万が一にもここでどっちかが死ぬことになったら目も当てられない。小太郎を止めるため無理やり身体を動かそうとした私は、そのまま嘔吐いて咳き込んだ。

小太郎は私の命令に律儀に反応して戻ってきてくれたが、歳三君をぴりぴりと警戒したままだ。対する歳三君には一切の敵意は見えず、小太郎が離れると肩をすくめて短刀を後ろ腰に納めた。
そこに。

「香耶、ご無事ですか!」

「香耶殿ぉぉおおお! 某、果たして見せましたぞぉおおお!」

「Shut up! うるせえんだよ真田ぁ!」

やばい。みんな集まって来た。
顔を上げると、具合の悪そうな私を見て心配顔で駆け寄ってくる無双幸村がまず見える。その後を婆娑羅の幸村君と伊達さんもついてきていて、さらに佐助君、片倉さんの姿も見えた。半兵衛君がかわらず私の背中をさすってくれるけれど、さすがにこのメンツの前では吐けねーわ。そこまで女を捨てきれん。

「どうした香耶? Morning sicknessか?」

その言葉にひくりと顔が引きつった。伊達さんあとでぶん殴る……! どうせこの中で意味の分かるやつなんていないだろうけどさ!

「も、もーに……? 政宗殿はなんとおっしゃられたのでござるか」

「『つわり』だよ。『つわり』」

「つ、つわ……!?」

そうだ歳三君なら解るんだ。で、彼の口から不謹慎な言動を暴かれた伊達さんは、片倉さんからお小言を食らっていた。自業自得である。
そして私のこの状態が敵から矢毒を受けたせいだと知り顔色を変えたのは婆娑羅幸村君だった。

「も、申し訳ございませぬ! 此度の襲撃は策を講じ敵をあぶりだしたものにござる。香耶殿の怪我は某の策の未熟さゆえ!」

「策?」

それはそれは豪快な土下座を見せながら叫んだ幸村君の言葉で、私の背に触れていた半兵衛君の手に力がこもったのを感じた。

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