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月神香耶side



夜の炎で結界(仮)の外に出ると、そこには運悪く黒装束の方々が二、三人ほどいて、私たちの姿を視界に捉えるなりけたたましく指笛を鳴らされた。
すると屋根とか塀とかあらゆるとこから忍然とした人たちが降ってきて、中庭はまたたくまに忍者でいっぱいになってしまう。

「うひぃ! なんじゃこりゃ!」

「うわ、敵中? 香耶ー、出るとこもうちょっと考えてよね」

さーせんした!


この世界に来てからというもの忍という職の人間に触れる機会が多くなったためか、なんとなく彼らの意図していることが読めるようになってきた。
今、私の目のまえにいる忍たちには、私に対する明確な殺意があると。
そう気付いた私は半兵衛君との会話もそこそこに、“狂桜”を抜刀し飛んでくる手裏剣を打ち落とした。
忍刀を手に襲い掛かってくる忍は半兵衛君が羅針盤で薙ぎ払う。

「香耶、庚の方角に婆娑羅者の気配!」

「か、かのえのほうがく!?」

えーとえーと三百六十度を二十四で割って十干十二支を当てはめるんだよね。申と酉の間が庚(かのえ)だから、つまり西よりの西南西? というかまず空が曇ってて北がどっちかわからんのですが!

とか考える間もなく首筋をひやりと冷たい悪寒が走った気がして、ほとんど身体の反射だけで飛来してきた氷の婆娑羅を避けきった。そして地面に手をつき振り返りざまに敵の足を払うがそれに手ごたえはない。身代わりになった丸太が地面に転がった。

「今の香耶から見て庚って意味だよ」

「前後左右で言ってお願い」

この夜中に私の銀髪は敵にしたらいい標的になるみたいで、さらに氷の剣山が私を追いかけるかのように出来ていくのを側転でかわす。私は半兵衛君のフォローを信じてほかの忍には目もくれず、超厄介なこの婆娑羅者の忍にだけ的を絞って地面を滑るように走った。

おそらくこの忍がリーダー格であろうが、佐助君三人を相手するのに比べれば天地の差だ。
忍刀が逆袈裟に切り上げられるのを受け流し狂桜の柄尻で跳ね上げ、懐に踏み込んで小内に刈りながら咽元に刃を押し付け組み倒した。

「誰の命令?」

「……殺せ」

「見上げた忠義だが少々潔すぎやしないか。君の命の捨て所、ここではないだろう」

私がそう言えば、その男は胡乱な目線をよこしてくる。

「忍とはこれ即ち捨て石よ」

言い遺して、忍は咽元に添えられた狂桜の刃で自らの首をかき切った。
私は噴き出す血しぶきが降りかかるのも構わず男が事切れるのを見つめ、そして呟くように手向けの言葉を送った。

「……見事」

その死に様が、家族の誰かの顔と重なった気がした。


さて婆娑羅忍者の死をひとつ見届けたところでこの戦いが終わるわけはなく。

「香耶!」

半兵衛君の声に意識を周りに向ければ、私を囲むように現れた四人の忍に一斉に手裏剣を打ち放たれた。それらを地を蹴って避けると同時に宙で夜の炎のワープホールをくぐる。その際軸足の右ふくらはぎに鈍痛が走った。
そばに転がり出てきた私を見て、すぐに私の負傷に気づいた半兵衛君は、一瞬表情を歪めて前に向き直る。

「兵は久しきを貴ばず。一気に行くよ──必殺!」

兵は勝つことを貴び久しきを貴ばず。彼がわざわざ孫子を引き合いに出したのは、この無双奥義の間に撤退するべきだと私に伝えるためだろう。だが。

……身体が動かない。矢毒を食らったか。

単に痺れ薬だったら問題ないが、これが仮に附子毒なら不老不死の私にとってこのあとの数刻はまさに生き地獄になる。
私が内心で腹をくくってる間に動きも呻きもしない私の様子がさすがに異常だと気付いた半兵衛君も、手裏剣に矢毒が塗布されていた可能性に顔色を変えた。

「っ、香耶!!」

彼の滅多に聞けない悲鳴のような声音に、悟る。敵はまだ残ってる。これはまずいかもしれない。
そんな無防備な私の身体に、半兵衛君ではない、誰かの手が触れた。


「こいつの毒は俺が“分解”してやる。竹中半兵衛、てめえは敵に集中しろ」

「……──!」


その救いの手の主に、私は見覚えがあって、目を見開いた。

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