39

土方歳三side



俺の戦国乱世の世での出自は伊賀の名張の下忍だった。

幼少から幕末、平成で生きた記憶を持ち、前世から引き継いだ嵐の属性の死ぬ気の炎を周囲に火の婆娑羅だと勘違いさせてきた俺が、伊賀でも指折りの使い手と呼ばれるまでの忍になるのに、そう時間は掛からなかった。子供のときから使えるものはなんでも利用したし、他人を騙すことを疚しいなどと思っていたら生き延びることなどできない環境で育ったからな。
その後、師事した百地が織田に潰されるのを待って俺は意気揚々と出奔し、霧隠と土方の名を使い分け、日金を稼ぎながら諸国を放浪した。

前世の仲間を探すために。
だが、仲間は見つからず、数年をいたずらに過ごした。

信濃の真田家に召抱えられることにしたのは、一度どこかに腰をすえて状況を変えたいと思ったからだ。俺の知る“霧隠才蔵”が真田に仕えていたから、というのもある。元の世の真田十勇士は創作だったはずだが。悪いようにはされないだろう、と。
実際、雇い主の真田父子は、俺のような下賤の者の出した条件を快く受け入れる度量があった。



ここまで説明し終えると、俺たちの足はすでに真田の部屋の前で止まっていた。

「……とりあえず突っ込みどころは全部脇に置いといて訊くけど、この話、真田の旦那は知ってるんだよな?」

「ああ」

こともなく肯定してやると、隊長……猿飛は眉根を寄せて納得いかない顔をしたが口をつぐんだ。

この男が真田に入ったのは俺の後。
その頃にようやく香耶がこの世界に来て、こいつは俺が血眼になって探した女に、俺より先に出会っているのだから腹の立つ話だ。



「若」

「……才蔵と佐助か」

入れ、との入室の許可に室のふすまを開ければ、内から話を聞いていた真田は思うところがあったのだろう。神妙な面持ちで俺たちを待っていた。

「先刻、盟王明月に差し向けられた刺客を捕縛し尋問方に引き渡した」

「尋問は清海と伊三ね。どうもこっちの家臣が絡んでるみたいなんで他に任せらんなかったんだよね」

「うむ。ふたりとも、ご苦労であった。明朝お館様に内々に復命いたす」

「旦那。あんたは破門された身でしょーが」

「そ、そうであった……! いや、しかしこのままにはしておけぬ!」

「わかったから、旦那、もっと声落として!」

名物主従のコントのような会話に、俺は軽く息をついた。
甲斐の虎の心配などするだけ無駄だ。おそらく全部わかっていて好きなようにさせている。あのひとがこれを静観しているということは、即ち俺たちは俺たちの裁量で行動しろということ。

自分を持ち、己が責任で行動する。

かつて、幕末の世で、多くのものを失いながら旧幕府軍を率い日ノ本を奔走した俺は、解るような気がした。
甲斐の虎……武田信玄が真田幸村に、……そして猿飛佐助に、何を教えたいのかを。



「若。この黒幕を処断するのは明日から月神に預けられる若にはもう無理だ」

「才蔵まで何を言う! 逆臣を放置してお館様の身になにかあっては、」

「それは極論に走りすぎだ。明月に刺客を差し向けることと信玄公に弓引くことは同義ではない」

武田の失権を憂いた重臣。もしくは保身を図る奸臣の暴走。思惑は様々あれど、いずれにしろ信玄公を害しては根本的に意味がない。
まぁ、万が一香耶が死んでいた場合の影響や代償を考えるならば、今回の黒幕は始末しておいてしかるべきではあると思うが。どんな意図があったにしてもな。

では俺にできることはなにもないのか、と歯噛みする真田を見やって、俺は一笑した。

「──ならば華々しく忠告でもしてやるか?」

「才蔵……?」

俺はたまに別人に見えるときがあるらしいが、べつに二重人格なわけではない。言うなれば公私の別だ。表向きの霧隠才蔵。素の土方歳三。素が出るとたいてい他人に泡を食ったような顔をされる。今のように。
そんな素の顔で真田と猿飛を一瞥すれば、ふたりとも緊張したように表情をこわばらせた。

「あんた……何者だよ、才蔵」

「なんだ、猿飛。おまえならば仲間内といえど若に近しい者の素性はさんざ調べてあるだろう」

「俺様はそんな答えが聞きたいんじゃないの。わかってるだろ?」

「まぁな」

長らく相棒として共に仕事をしてきた猿飛から剣呑な殺意が漂う。だが俺が傷心を抱くことなどない。

「俺が“誠”に誓う主は生涯ただ一人と決めてる。それは真田幸村にはなりえねえよ」

「才蔵……っ」

「よせ、佐助!」

真田はこれを知ってなお俺を雇い入れた。ずいぶん重用してくれたおかげで易々と抜けさせてはもらえなかったが、主家武田と月神の同盟が成立した以上、もう俺が真田に長居する理由はない。



目を閉じれば見える。



かつて、動乱に淘汰されてゆくはずだった俺たちを掬い上げた女。

血塗れた道を自ら歩み、傷を受け、業を背負い。愚かで、どうしようもないじゃじゃ馬で。
それでも一途にひとを想い、ひととして生き、新しい生命を宿したその姿が。

今でも、俺のたったひとつの聖域だ。

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