38
猿飛佐助side
「なんなんだあいつらは! 化け物か!」
俺様の顔を見るや否や、忌々しいという表情を隠しもせずかすがが毒づいてきた。
「だから言ったでしょ。単独で近寄らないほうがいいって」
「うるさい。別の世の……婆娑羅者でない武将など、この目で確かめずにいられるものか!」
いやだねー怖い怖い。
客間からは少し離れた櫓門の屋根の上。
風待ち月の名のとおり、涼しい風が恋しい季節。上を見上げれば雲が夜空一面覆っていて、熱くて湿った風が顔を撫でた。
「……まあいい。すでに偵察は完了した。私はいったん越後に戻る」
「はいはい」
かすがは月神軍は恐ろしいものでも、盟王月君月神香耶にはそれほど危険性はないと考えてるみたいだ。
たしかに香耶は、上級武将にしてはあんまり気配に鋭くないし、きっと彼女が一人でいれば付け入る隙はいくらでもあると思う。
かすがが消えた後も、俺はその場に居座って考え込む。
信繁さん、重虎さん、風魔小太郎。
同盟国に明かされる、彼らの正体。違う世の真田幸村、竹中半兵衛、風魔小太郎。
今回の協力の見返りに、かすがもこの情報を持ち帰った。きっと軍神の旦那ならこれが嘘かまことか分かるんだろう。
そして彼らが、信ずるに値するか、否かも。
「はぁ……俺様がこーんな大怪我までしたっていうのに、あっさり明かすんだもんな」
結局、殺すどころか、香耶との距離は近くなっちまった。
それどころかきっと香耶は、これから俺たち武田の中に……いや、確実に俺の中に食い込んでくるんだろう。
彼女の怖いところはそこだ。
相手に付け入らせて、懐に入らせて。そして揺らがせて、なし崩しにしてしまう。
「……忍の天敵みないなひと」
壊される。俺様が。
「──隊長」
「才蔵か。なに?」
誰の気配もなかった櫓門の屋根に、ふと現れる部下の気配。
微かに漂う血のにおいに、思考に沈んでいた意識が現実へと引き戻された。
「城外をうろついていた不審な忍を捕らえた。おそらく武田家中から放たれた者だ」
「身内から裏切り者が出るなんて嫌だねー。まったく。ま、明月を亡き者にしたいって気持ちもわからなくはないけどさ。もう同盟は成ったんだし、もうちっと周り見よーぜ」
「……明月が、」
あまり口数の多いとは言えない才蔵が、強い口調で口を開く。
「あいつが自分の何かを変えるほどのものを与えてくれる存在だなどと、ゆめゆめ思わんことだ。猿飛」
「……才蔵?」
話の運びが報告の内容から急に一転して、俺は振り返った。
部下の紫紺の瞳はまっすぐと俺に向いていて、思わず息を呑む。
まるで俺が考えていたことなんか、全部見透かされているみたいに錯覚してしまう。
……そういえば、こいつは以前にも。
『あいつはほの暗い夜を照らす、そういう属性の人間だから、闇に生きる忍が敏感にそれを感じ取り集まるんだろう』
あの言葉は、ただ単に、こいつなりに香耶を観察して得た見解だと思っていた。
実際にその後、甲賀の豪族伴太郎左衛門や風の悪魔風魔小太郎ら、尋常じゃない面子が香耶に下っている。忠誠を誓っている。
どれほどの……忍にとって恐るべき才略か。
だが、俺が目を見開くその先で、霧隠才蔵はにやりと口角を上げた。
「恐れるだけ無駄だぜ」
鋭い目線には、憧憬と懐旧の情。
「香耶はただの、バカな女なんだからな」
まるで今までとは別人のような獰猛な威風で、笑っていた。
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