37

月神香耶side



「あんた達がここにいる間、忍が監視に付くからさ。あんたの怖ーいお連れさん達にも言い含めといてよ。攻撃しないでって」



と、わざわざ佐助君が言いに来たとおり、躑躅ヶ崎館にいる間、わたし達月神一行と伊達主従に忍んで監視の目が付くようになった。

どうも佐助君にとってはあの夜のことが微妙にトラウマになってるらしく、月神のみんな……特に無双武将たちのことがすっかり苦手になってしまっているみたい。
これから月神屋敷でいっしょに暮らすっていうのに大丈夫なのかねぇ……。



「……小太郎君、たしか昨日も不寝番だったよね。眠くないの?」

「この監視の中、暢気に寝ていられる将は居るまい。うぬは例外よ……ククク」

「むむ」

明らかに馬鹿にされて私は口を尖らせる。すると小太郎君に唇をつままれて笑われた。

わたし達、月神の五人にあてがわれた寝室は、ふすまを開ければ瀟洒な造りの庭園を臨む広々とした客間に、続きの間、家臣用の控えの間だ。

「せっかく豪華な部屋を使わせてもらってるのに、これじゃあ野宿のほうがまだ寛げるってものだよね」

「仕方がないのでしょう。我々には武田を誅する理由がある」

仕切りのふすまを開け放った続きの間で、半兵衛君も幸村も各々の得物を手放すことなく過ごしている。この様子じゃ姿の見えない婆娑羅小太郎も、今夜は寝ずに私の警護に付くのだろう。
私はひとり寝支度を整えながら大きくため息をついた。

「みんな根に持つなぁ」

「香耶が根に持たなさすぎなんだよ。あんな痛い思いして二日三日で忘れるって早すぎじゃない?」


いや忘れたわけじゃないけど。


「だって幸村君と佐助君をうちで引き取るって言ったのは半兵衛君じゃないの」

「俺が引き取るって言ったのは真田幸村だけだよ」


おいおい。

半兵衛君を半眼で見やると、彼はなんでもない顔をして私から目を逸らし、畳に寝そべった。
もう……なんで当事者の私がこんな憂鬱になってんだ。愛すべき我が家が明日からギスギスなんて嫌だよ。

頭を抱えていると幸村が微苦笑した。

「香耶、貴女が煩う必要はありません。おそらく……我々には少し時間が必要なのです」

「時間……」

時間を置いて見守るだけで、この禍根を除くことができるのだろうか。
そう疑問に思って首をかしげると、すぐそばにいた小太郎君が私の髪を手に取り、言う。

「そうよな……うぬの髪が元の長さに戻るまでの刻を待てば、あるいは」

「長いわ!」

そんなの待てるか! 一、二年は掛かりそうなんだけど!

私はやっぱり頭を抱えた。



終わりの見えない問答に終止符を打ったのは、客間の外からかけられた女中の声だった。

「明月様。お湯殿の用意が整ってございますが。入られますか?」

「湯殿って……風呂? それとも洗湯ですかね?」

「風呂にございます」

ふむ。
この時代、お湯に身体を浸して入るものを“湯”と。そして“風呂”とは石風呂などの、所謂サウナ風呂のことを指した。
いずれにしろこのお風呂に入るという行為は贅沢な娯楽のようなもので、そうしょっちゅうするものではなかった。ふつうは行水で身体を洗っていたのである。月神屋敷みたいにほぼ隔日で湯に浸かるなど、それこそ自分の城を持つ武将でもやらないことなのだ。

そしてこのめったに入ることのできない風呂に客人を入らせることが、この戦国時代でかなり上級のもてなしだった。

「じゃあ入りたいんで湯帷子貸してくれません?」

「ちょっと香耶!」

暫し考えこう応えた私に、半兵衛君をはじめ月神のみんなから異議の声が上がった。
え、だめ?

「この監視の中風呂に入るおつもりですか……?」

「あー……この監視ってやっぱ風呂まで付いてくるのかな」

返事も姿も見えないが、中二階の忍部屋から痛いくらい視線が降ってくるのを感じた。
ちらっと女中さんの顔を見ると、彼女は困ったように笑ってる。

「お湯殿での監視は女忍がいたしますれば」

「いいの? じゃあお言葉に甘えて──」

「待て」

と、こういうときたいてい自由にさせてくれる小太郎君まで、珍しく私の前に立ちふさがる。
そして、驚いたことに……彼は女中に近づいて、彼女の髪を乱暴に引っつかんだのである。

えええ!?



「──っ!!?」

「うぬは武田の下女ではあるまい。もしや上杉のくのいちか」

言うや否や私は半兵衛君に腕を引かれた。そして私と入れ替わるように幸村が十文字槍を構えて表に立つ。
廊下側には無双小太郎に加え、いつの間にか婆娑羅小太郎も姿を現し女中を取り押さえに掛かる。
女中は一瞬信じられないようなものを見るような目で小太郎君を見たが、舌打ちをひとつしたと思ったら強い光の婆娑羅を発し、私たちの網膜に残像を焼き付けて消えた。

このわずか数秒の間に私ができたことと言えば、ぽかんと口を開けてみんなの神連携を眺めるくらいだ。

「もとより幻か」

「……(あれが敵だと何故判った?)」

「クク……飼い馴らされた犬の矜持を見抜くは容易いことよ」

中二階の気配の幾つかがさかさかとあわただしく動くのを感じながら、私の思考はやっと仕事を再開した。

とりあえず……みんなスゲェわ。

このあと本物の女中さんがお風呂を勧めに来てくれたけど、みんなに全力で阻止されたのは言うまでもないことだ。

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