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月神香耶side
歳三君は私の銀髪を見て渋面を浮かべた。
「香耶、てめえがどうしても行きてえっつうならその髪を染めろ」
「鉄漿(かね)は嫌だな。臭いもん」
「ったく……てめえでなんとかできるんだろうな?」
「できるよ。まかせといて」
私は女装をして、密偵に行くことになった。
私はうっきうきで指定された近藤さんの妾宅へ行った。
まずはイカを大量に仕入れる。必要なのは墨袋。
イカ墨をアルコールで洗浄・弱めに加熱し、乾燥させてにおいを抑えたイカ墨粉末を作る。それに油脂、香料を練り合わせて髪に丁寧に馴染ませれば、真っ黒とはいかないまでも、渋いセピア色になった。
そのまま割り鹿の子に結い上げてもらって茶屋の看板娘の完成。
この間 総司君と買いに行った、狂い桜をかたどった鼈甲の簪も控えめに挿して。
うん、仕上がりには満足……なんだけど…
とにかく小袖の足さばきと箱枕が辛い。暫くは洗髪もできないし。慣れるまで時間がかかりそうだった。
ついでに作ったイカの塩辛とイカキムチを屯所に差し入れるついでに、この完成作品を歳三君に見せに行った。
「としぞーくーん」
「おま…変装のままで屯所に出入りするんじゃねえよ!」
「私が誰かに見られるようなへまするか。ちゃんと屋根を伝って入ってきたさ」
「馬鹿かお前は! それこそ何やってんだ!! 落ちて怪我しても知らねえぞ!」
歳三君は焦った表情で私を部屋に迎え入れた。さすが、私の手をとる姿が様になってるよ。
口では怪我しても知らねえなんて言ってるけど、無意識に優しさがにじみ出てるよね。歳三君。
「どうかな歳三君。完璧でしょう」
私は袖をつまんでくるりと回って見せる。
「………そうだな」
なんなのその微妙な反応。
歳三君は私の姿を頭からつま先までしげしげと眺めて、苦い顔をした。
「綺麗なんだが……これじゃ別の心配が出てくるな」
「なにそれ。君が心配するようなことにはならないと思うよ」
綺麗と言われたことは素直に嬉しいけどね。
「はぁ、お気楽だな。いいから気を付けろ。ほら行くぞ」
私の任務は茶屋での情報収集。
私が働く茶屋へ新選組の副長(彼も変装してるけどね)に送ってもらえるなんて贅沢な話だ。
偵察中は、監察方と幹部が交代で影から護衛をしてくれる。
期間中屯所近くの町家を借りて住み込み、歳三君とはカップルを装う。
なんだか大掛かりだ。
ちなみに歳三君の役どころは、私のヒモで浪人設定。笑える。
薄汚れた格好は似合わないと思うよ。きっとこれは刷り込みだね。
なぜ歳三君がこんなことをしているかって言うと、なんと上京してきたばかりで歳三君を新選組副長だと知らずに、一目惚れして恋文を持ってきた、おつきちゃんという娘がいて。
彼女が偶然 禁門の変にも関係してるっていう勤皇家の娘だとわかったのだ。
平たく言えば、歳三君はおつきちゃんを誑かして情報を引き出し、その勤皇家の居場所を突き止めようとしているということ。
それにしても勇気あるよなあ、彼女。何にも知らないんだろうけど。
「歳三君は私とおつきちゃんを二股にかけるひどい男の役だから、ほんとにむかついたら手とか出ちゃうかもしれない。修羅場になったらごめんね。今のうちに謝っとく」
「……てめえこそ、勤皇家 宍戸溜三郎を手玉に取るって意気込んでやがったくせに。大丈夫なのかよ」
「宍戸が店に現れるかどうかはわからないけどね。それより茶屋で働いたことなんか無いから、そっちのほうがちょっと心配かな」
「はぁ…さい先不安だな」
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