蘭丸が目を開けると、視界にはひさしの天井と目に沁みるような青空、そして悪戯っぽく笑う空色の瞳があった。



「香耶さま!!?」

緊張に飛び起きようとするものの、額を指で押さえられ蘭丸の頭は柔らかいものに沈む。



柔らかい……香耶の腿に。



「な、にをなさっておいでですか!?」

「ひざまくら」

なんでもないことのように彼女が言うので、蘭丸も言葉に詰まってしまった。
香耶はそんな彼の額を、前髪を払いながら撫でる。

「君にお願いしたいことがあると言っただろう? しばらくこれに付き合ってもらうよ」

「…………、」

何でも申し付けていいと言ったのは蘭丸君じゃないか。なんてしらじらしく言う香耶に、返答に困った蘭丸は、

「……御意」

と小さく答えるしかできなかった。



身体の力を抜いて香耶の膝を枕にしながら、あまりに罰当たりなことをしているようで戦慄してしまう。

彼女を知るもののふたちがその姿に魅せられ、焦がれ、欲する月君。きっとこんな姿をそのうちの誰かに見られれば、たちまち蘭丸はこの身に嫉妬の刃を向けられ囲まれることだろう。
そんな己を想像して、蘭丸は軽く笑みを零してしまった。

これは、優越感か。



(……蘭はいつか天罰を受けるのでしょう)

それも、いいと。



「蘭丸君はね、」

頭上から降ってくる、耳に心地よい声に、蘭丸は散らしていた意識を声の主へと集中させる。



「似てるような気がして」

似ている、でございますか、と聞き返そうとしたが、香耶の目線は空へと向いていたので沈黙を守って彼女の声に耳を傾けることにした。



「刹那的な生き方。命を懸ける忠誠。一途で強い渇仰。
私がかつて諦め捨ててきたものをたくさん持っていて、強くて、優しくて。
そんなひとを、私は愛したことがあった」



香耶の瞳が再び蘭丸に向く。
こんなに近くにいるのに、蘭丸にはまるで彼女が消えてしまいそうに見えた。



「私が愛したひとに、君は似ている」



忘れてしまえたらどんなに楽だろうか。つらいなら……不愉快なら、蘭丸から距離を置いてしまえばいい。
でも、そうはしなかった。

言って香耶は微かに苦笑した。

「思い出してしまう。君をあのひとと重ねて身を焼いてしまう。……でも、やっぱり別人なのだと絶望してしまう」

淡々とつむがれる彼女の唇を見つめ、蘭丸は思う。
香耶の愛したひとは、きっと自分と同じように彼女を仰望し心酔したのだろう。だが自分とは決定的に違うものがあって。



「君たちを照らすのが私だというのなら、私を照らしてくれるのはあのひとただひとりだったから」

「あなたの拠り所とは……」

香耶は蘭丸の言葉を遮るように唇に指を当てて、笑みを深くし天を見上げる。
そこにあるのはひさしの天井でしかないが、香耶にはその向こうにあるものが見えているかのように目を細めた。



「蘭丸君のこと、大好きだよ」



優しい声に、微笑み。とても嬉しいことを言われたはずなのに、蘭丸の胸にはツキンと痛みが走る。

彼は知ってしまったから。
香耶を美しく照らす男が、彼女の中にまだ棲んでいるのだと。
だから、蘭丸はどこか空虚な「大好き」を、噛み締め満足するしかないのだと。


それ以上、互いに何も言わなかった。


(2013/9/11)

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