どこか空虚な「大好き」を

香耶さま。

天上の月君と謳われ、その才知と美貌を天下にとどろかせる才媛は、いくさ場においても鬼神のごとき勇名をはせた。




「うぬに弱みのひとつもあるものぞ」

「信長公、急にどうしたのさ」



織田信長が彼女にそう切り出したのは、例によってまた香耶が気まぐれに岐阜城へと参上し、腹に一物抱える武将たちの顔を眺めながら勝手に茶菓子をつまんで酒を飲む。そんないつもと代わり映えしない平穏な日常の一幕のことだった。

その日も土産の水菓子を手に香耶が信長の元を訪ねると、信長は信長でこんぺいとうなどを用意し香耶に与えるので、彼女の奇行は城主の認めるところとなり家臣は誰も彼女をとがめることができなかったのである。



「私の弱みねぇ……」

弱みはあるのかと聞かれ、御座所の縁から目線を空へと向け、香耶は暫し考え込む。
自分が何に弱いか。香耶が考えればいくつか挙がった。

例えば、自分が問答無用で嫌いだと断言できる、セクハラとかの類は?
香耶なら男にそんなことをされようものなら考えるより先に手や足や刀が出る。ぼっこぼこにする。……弱みと言うかというと少し違う気がした。
ならば、真夏のうだるような暑さとか、人を刺したり生理的嫌悪をもたらす害虫とか?
確かに苦手ではあるものの、対処も出来るし弱みと言うには──

(違う……な)

そこでふと思い出す。

(私が逆らえない、と感じるもの……)

記憶を掘り起こせば、確かにあった。

それは。



「何ぞ思い当たるか」

「あー……まぁね」

香耶は苦く笑って周囲を見回す。
そして、少しはなれたところにずっと控えてふたりを静観していた、森蘭丸に目を付けたのだ。



「蘭丸君。君だよ」

「……、え!? 私で、ございますか?」

「ほぅ」



いきなり指名を受けて蘭丸は混乱した。

(今、このおふたりは香耶様の“弱み”の話をなさっていた……)



つまりそれは。



しかし蘭丸が結論に至る前に、先に信長が興味深く笑って香耶に問うのだ。

「うぬはお蘭が“弱み”と申すか」

「そうだね」

ますます混乱する蘭丸を、香耶は手招きする。困って主君に目を向けると、信長も「近う寄れ」とそれを許した。



(弱み……つまり香耶様は、蘭を自らの弱点とおっしゃったということ)



常、香耶に強い憧れをいだき、慕情を寄せる蘭丸にとって、その彼女の言葉には少なからず衝撃を受けたのだった。

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