40
月神香耶side
私は傷ついた掌をぎゅっと握り締めた。
「千景君。今のは高くつくからね」
唇を指でぬぐって言ってやると、千景君は私の胸中を汲みとってくれて、刀を鞘に納める。
そして無駄に形のいい唇を笑みの形に曲げた。
「ふん、次は倍にしてやる」
な、何を!?
「はやく帰りなさい!」
焦る私を見て、千景君は嗤笑しながら塀を飛び越えて帰っていった。
はぁ、なんだか疲れた。精神的に。
次いで、私は沈黙している総司君を振り返る。
彼の視線に猜疑や侮蔑の色はない。ただ私を案じて手を伸ばしてきた。
「香耶さん、手、見せて」
「総司君…」
総司君は私の掌の傷口を、懐から出した手ぬぐいで押さえて、離す。
深かった傷口は、もうふさがりかけている。
手ぬぐいを見ると、こびり付いているのは血ではなく金色だった。
「これ…何?」
「……これは、私にかけられている血の呪い。私の血は、私の体温から離れると黄金になるんだ」
血が黄金になる、なんて、やはり異形だと思うだろうか。たしかに便利だし、生活に困ることはめったに無いけれど、……気味が悪いし、あまり自慢できるものではない。
他人に知られると利用されて生涯を終えるかもしれない危険もはらんでいる。
「傷の治りも早いだろう。ほら、羅刹にちょっと似てる……」
「香耶さん、やっぱり羅刹のこと知ってるんだね」
あ、あれ? 羅刹のことは話してなかったっけ。
「……香耶さんは、この血を誰かに利用されたことがあるの?」
「この血を狙われるなんて日常茶飯事だよ。私を生かしてさえおけば無尽蔵に富を生み出せる」
私を捕まえて、飼い殺しにしようとする連中なんてどの世界にもいた。
「だから、この血のことは、人に知られないようにしてる」
「香耶さん……」
眉根を寄せて過去を思い出していたら、急に温かいものに包まれた。
「いなくならないでね。誰にも言わないから…」
「総司くん…?」
「…だから、そんな顔しないで。僕は」
総司君は私を力強く抱きしめる。
「僕は、君が何者でもかまわない」
「………」
総司君、君は馬鹿だな。私は危険なんだって、わかるでしょう?
このまま私を捕まえて、傷をつけて、血を絞り取ってしまえばいいものを。
こんな実りの無い恋をして。
……ただ、ありがとう。
君の言葉に、私は救われる。
私の頬に、ひと筋だけ涙が流れた。
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