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月神香耶side



結論から言うとBASARA幸村君の身柄は月神軍預かりになった。

なんでだ……これ、うちが得することってあるの?
と、のちに半兵衛君にこっそり聞いてみたところ、彼はすがすがしい笑みを浮かべて指を立て、こう言った。

「まず俺の本命は忍の彼、猿飛佐助なんだよね。闇の婆娑羅者で腕も一流。風魔君からの情報や状況からも考えて、彼はかなり使えるよ。婆娑羅の幸村君が来るなら彼もついてこざるを得ない。つまり幸村君は佐助君に対する抑止力……平たく言えば人質になりうる」

「はあ」

まぁ、佐助君単品をお持ち帰りしてもこっちが危ないだけだ、って言うのはわかるけど……。これ、佐助君にしてみたら大層な嫌がらせだよな。

「第一、肝心の香耶に彼を誅戮する意志がないんだからしょうがない措置なんだよね。彼ほどの忍に叛意を抱かれたままじゃ、またいつ命を狙われるか分かったもんじゃない。ならこっちに引き入れて身動き取れなくさせないと」

「ああ……」

なるほど。

「それに、次代の武田を担うのはおそらく真田幸村だ。武田勝頼じゃない。今の世情を考えても甲斐武田ほどの大国の国主は、ある程度力のある婆娑羅者じゃなければ国としての体裁を保てないからね。そうなると彼にはもっと謀将として育ってもらわなくちゃならない。せめて無双の幸村殿や千景君と渡り合えるくらいには」

「……うん」

半兵衛君の言う通りになるならば、今のうちに彼には親離れ……というかお館様離れしてもらう必要がある。来るべき時に家臣や属国の傀儡(かいらい)にされたり国を潰されたりしては困るのだから。



「おそらくこちらの信玄公も相当な食わせものだね。中立、不可侵の月神の立場や列強同盟の性質をよく理解して、どう転んでも彼の都合のいいように布石を打ってあるんだ」

対外的に“罰”という言葉を使っているものの、確かに信玄公にとってもこれらはメリットが大きい。これで同盟に難しい顔をする家臣団も黙らせることができ、そして同盟に出遅れた武田が将来的にはどの国よりも月神と太いパイプで繋がることができる可能性がある。

「どう? わかった?」

「……わかった」

政治家って怖い。それがよぉくわかりました。

「ま、ああいうのに悪巧みを仕掛けるのが俺の役目だからさ。香耶はいつもどおり敵も味方も蹴散らして我が道を行けばいいよ」

「ちょっと待ってそれ聞き捨てならないんだけど」

私って味方も蹴散らしてる?



ともあれこれで甲斐での仕事もお仕舞いだ。

べつに聞かれて困る話でもなかったけれど、念のためにと締め切った躑躅ヶ崎館の客間のふすまを全開にする。
せき止められていたぬるい空気が肌を撫でた。
同時に庭園の向こうで人が騒ぐ声と、炎や雷の婆娑羅がごうごうと唸ってる音が聞こえて少々呆れた。



「幸村君と伊達さんはまだやってるの」

「困ったことに。刀匠明月の新しい二槍が手に入ったもんから、旦那もはしゃいじゃってさー」

と、軽い調子で喋りながら、天井からくるりと降ってくる佐助君。
私と庭を隔てるように、視界を迷彩が立ちふさがった。いつも唐突だな。

私の背後で半兵衛君が佐助君を警戒する気配を感じたが、私はそれより佐助君が今どこから出てきたのか気になってしょうがない。庭に面する廊下の上は下屋庇があるだけで、中二階があるようには見えないのだけど。

「おっと、そんなに警戒しなさんなって、重虎サン。さすがにもう同盟国の盟主に手は出せないでしょ」

「君の世知に賢いところは信用できると思ってるけど、君自身を信頼できるかどうかは別問題なんだよね」

うわ。思ってた以上に険悪でやんの。

半兵衛君さっき本命は佐助君だって言ってたのに……。なに? もしかして佐助君を手に入れたあとはこき使って使い潰してやろうなんて恐ろしいこと考えてないよね?
そんで佐助君は佐助君でなにげに私を盾にするのはやめて。もし小田原でもこんなのが続いたら私が先にストレスで潰れそうだ。

私は大仰にため息をついて肩を落とした。

「んで、佐助君はわざわざ分身を寄こしてまで私に何か用?」

「あれ、俺様が分身ってわかるんだ?」

私の言葉に眉尻を跳ね上げた佐助君は、その無駄に端正な顔を私の鼻先ぎりぎりまで近づけてくる。

「だって小太郎が来ない。本体の君が別のところにいる証拠だろう」

「あぁーもう。聡い女ってやりづらいなぁ」

いやいや君はふつうにすごいと思う。

離れようとしない顔をべしんとてのひらで叩いて遠ざける。

おぉ、実体も体温も感じる。さしずめ敬助君の有幻覚みたいなもんか……。こりゃあ環境しだいではかなり腕のいい幻術使いになってたかもなぁ。

「ねえねえ、この分身が見聞きしたことって、即時本体に伝わるの?」

「え、気になるのそこ?」

「だって私あの夜、君の分身の股間をかかとで……」

「あーあーあー! それ以上はだめだめ!」

え、なによ。
私のセリフを遮るように半兵衛君があわてて割り込んでくる。私の言いたいことを察してか、佐助君もこめかみを押さえた。

「香耶はそんなことに興味持たなくていいから!」

「そうそう、あんた仮にも女の子でしょ!」

ええー。

険悪だったふたりに結託されて、私は頬を膨らませた。君ら意外に気が合いそうな予感がするわ。

もし痛覚まで伝わるんだったら悪かったなーと思ったんだけど……まぁ、よく考えたらいちいち分身の臨死体験まで共有してたら術者の身が持たないな。
なるほど。思考、戦闘技術、婆娑羅技までコピーした完璧な写し身。本体、または分体の意志で共有事項が増減可能だとしたら諜報、暗殺に特化した幻術だ。



※影分身に捏造肉付け。

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