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月神香耶side
「だ、か、ら、見境なく壊すなってあれほど言ったのに。城の修繕もタダじゃないんだからちょっとは大人しくしてくれよ!」
「む、ちと熱くなりすぎたかのう」
「しかしだな佐助! お館様は未熟な俺を鍛えようとして、」
「未熟な旦那を鍛えるためにいちいち城を壊してたんじゃ、一人前になるころにはここが更地になっちまうだろ!」
ごもっとも。
信玄公と幸村君にくどくどと説教する佐助君の姿を見て、私はこれが武田軍の正しい姿なんだなぁとしみじみと思った。
「本来なら地位の低いはずの忍が、自軍の大将たちを説教するのが正しい姿って」
「ほほえましいじゃないの」
「微笑ましい? みっともないの間違いだろ」
伊達さんが半兵衛君と私の会話に割り込んで今までにない仏頂面で毒づくと、佐助君の剣呑な視線が彼へと向く。
「おたくらもおたくらだよ。なに他所の城で勝手に畑作ってんの」
「Ha! どこぞで返り討ちにあって寝込んでる猿に、滋養のある食いもんでもと思ってなぁ?」
鼻で笑う伊達さんの売り言葉に、佐助君は表情を歪めた。怪我を押して出てきた彼の顔色は確かにあまり良くない。
私は二人の放つ剣呑な空気にため息をついた。
「ああもう、なにこの一触即発。今から平和的な協定を結ぼうって時に」
「そうだ佐助! 伊達、月神との同盟が成れば、はれていつでも好きなときに手合わせができよう!」
そうそう幸村君の言うとおり……って、うん?
……ひょっとして武田と同盟組むと、これが日常茶飯事になるのか。ちょっと早まったかな。
「ちょっとそっちの真田さん、変な約定を付け足さないでくれる?」
今回の話し合いで面倒な説明を一任している半兵衛君が、大事な朱印状をひらひらともてあそびながら私の下座へと座る。
「この同盟に入ったからにはしばらく内政に従事してもらうよ。詳しいことはこの紙に書いてあるから大事にしてね」
「まぁ、戦ありきで経済を回してたんじゃいつまでたっても乱世は終わらないからねえ。お城の修理に忍隊の労力と莫大な年貢を使う余裕があるなら築城普請で職人の育成でもしてよ」
「ほかにも都市建設や鉱山採掘の大規模普請、農村の検地、支配体制整備。いずれ戦や飢饉、検断の際にはびこる略奪・人身売買を徹底的に取り締まってもらうことになるから念頭においておいて」
なんて畳み掛けてさかさかと書類に署名。列強同盟への加盟手続きももう何回目だろう。私たちにとっては慣れたものだ。
さてひととおり事務的な話が終わったころ、信玄公が顎に手を当てながら声を上げた。
「……ときに香耶殿、盟王に剣を向けた儂の処断はどうなる?」
その言葉に、全員の視線が彼へと集中した。特に幸村君と佐助君のふたりは驚きに目を見開いて、はっと顔を上げる。
私は月神のみんなより前に座っているものだから、みんなのリアクションは見えないのだけど、ハーフアップにした後ろ頭に数名の視線が刺さったのを感じた。
「へぇ、これを信玄公から切り出してくるとは思わなかったよ。貴方は俺たちの膺懲(ようちょう)を受ける覚悟があると?」
「無論」
普段より一段低い半兵衛君の声音に、私の背筋が緊張する。
そして悩むこともなく彼の言葉を肯定した信玄公の潔さは天晴れだ。要するに、武力を持って討ち懲らしめられることすら甘んじて受けると言っているのだから。
しかしその言葉にこの男が黙っているはずがなかった。
「お、お待ちくだされお館様、重虎殿! 此度の所業は某の部下の独断。責は全てこの幸村にあり!」
「ちょ、ちょっと旦那!?」
まぁ、お館様至上主義っぽい幸村君らしい。想定内のセリフである。
するとすっくと立ち上がった信玄公。巌のような体躯を深くかがめて拳をしなやかに振りかぶり、幸村君の頬をぶん殴った。
「馬鹿者がァァ!!!」
ズガゴガァ! なんて轟音を立て、ふすまや板壁に突っ込む幸村君。これも想定内とはいえ佐助君が頭を抱えた。
「幸村、おぬしは月神のように主君を夜討ちされてなお仇と同盟を組むことができようか」
いや、私死んでないけどね。
「そ、それは……っ」
「答えが見つからぬうちは道場の敷居を跨ぐでないわ! おぬしは破門じゃ、幸村!」
「は、ははは破門んんん!!!?」
ええぇ……この男を野に放つの?
なんだか話が想定外のほうへと運ばれていくのを、ややあっけにとられて眺めていたところで、私の背後から間延びした声が割り込んできた。
「あ、それじゃあ──、そこの幸村君、月神がもらうけどいいよね」
「え」
思わず振り返れば、声の主……半兵衛君が、にこにこと食えない笑みを浮かべている。
そして彼は、お得意の知らぬ顔でこんなことを言い放つのだ。
「貴方の有能な家臣、真田幸村を月神が貰い受ける。これが信玄公への罰ってことで」
えぇえええ!!?
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