33

月神香耶side



「深呼吸しても胸が痛くない……! すばらしい朝だね、伊達さん。なんだかいいことありそうだよ」

「You should be so lucky.(おめでたいやつだな)」

「なんとでも言いいなさい」

こうして予定より一日遅れで月神屋敷を出発することになった。




織田さんや元就にも完勝した私が、佐助君相手にあれだけてこずった理由は、私が本気を出せなかったってのもあるけれど、単純に相性の問題でもある。

死ぬ気の炎で補ってはいるが、私の戦闘スタイルは基本的にタイマン向きで、彼のように手数が多く多様な暗器を隠し持ち、さらに分身までしてくる忍者が相手だとちょっと苦しい。さらに今回、本来なら私の援護に回るはずの小太郎とも引き離され、仲間も踏み入れられないよう結界を張られていたというのだから、これは佐助君の作戦勝ちだったと言えよう。



さて。
幸村、半兵衛君、小太郎君、小太郎、伊達さん、そして私の一行は、婆娑羅武器を馬に積んで、さしたる問題もなく甲斐の国へ。
私にとってこの世界では二度目となる府中の土地を踏んだのだった。

躑躅ヶ崎館の門をくぐるといきなり武田忍の襲撃が、などということはあるはずもなく、丁寧な応接を受けながらも広大な武田屋敷を臨む──が。



「……アレ?」

「うわぁ、なにここ」

屋敷の周りはなぜか開墾されていた。
広大な庭園を埋め尽くす整然としたうね。たわわに実ったなすやきゅうりなどの夏野菜。

「…………御殿の敷地内で兵糧確保とは恐れ入る……これが武田軍!」

「違うと思いますけど……」

カッと開眼しながら叫ぶ私に、幸村が心底困ったような顔で応えた。

いや、うん。ボケてみただけだ。
だって一月前に来たときはこんなのなかったし。
首をかしげていると、畑を一通り見渡した伊達さんが腕組して唸る。

「Aha,こりゃ小十郎の仕事だな」

「はぁ!?」

そんな私たちに声をかけるひとりの男が。



「──政宗様」

伊達軍軍師、片倉小十……郎?

振り返った先にいた片倉さん、なぜか肩衣と小袖のたすきがけで、農作業に従事する庶民の格好なのだけど。
ただ先の戦で負った傷が、この男はかたぎじゃねえ的な雰囲気をかもしていてどうにも違和感が拭えない。出会いが出会いだっただけになおさら。

「つか怪我も完治してねーのに他国の城内で丸腰って……」

思ったことを素直に呟くと、片倉さんの強面が私に向いた。

「丸腰じゃねえ。俺にはこれがある」

と腰に刷いてみせる葱牛蒡……なんでだ。天然か。

「……確かにあれで斬られたら寝込みそうだけど」

「さすがのうぬも精神的にくるか……クク」

「あれで婆娑羅武器になるんだ?」

「うーん、どうだろ」

半兵衛君の問いに私は真剣に考え込む。
雷の死ぬ気の炎のような硬化の力で強化してみれば理屈上不可能ではない、か?
だとしたら野菜に限らず何でも武器にできそうかも……。そんなオモシロ武器を好き好んで使う武将がいるとは思えないんだけど、作って婆娑羅武将に使わせてみれば殺伐とした合戦場も多少和やかな景色になるかもしんないな。
私があさっての方角に思考を散らしている間に伊達さんに挨拶を済ませた片倉さんは、深刻な表情で眉をひそめた。

「伝令の報告でご無事だと聞き及んでおりましたが、あまりに御着きが遅いのでこの小十郎、暇をもてあまし武田屋敷の庭をこのように畑にしてしまいました」

「Sorry. ちと香耶が怪我してな」

「え。私のせい!? 一日出発を遅らせただけで武田屋敷の庭がこうなるの!!?」

それ逆にすごくね? なに、バサラだからっていう魔法?
これほどの農芸……欲しい人材だ……!

「だが武田が自国の城内でここまで小十郎をfreedomにさせとくのも可笑しな話だな」

「たしかにそうですな。このような時は必ずと言っていいほど真田の忍が邪魔しにくるのにそれが無い……」

真田の忍……。

「ねぇねぇ、それってもしかしてさー」

「あの派手な髪色の忍のことか」

「小太郎君がそれを言うなよ」

「クク……」

「……猿飛佐助のことですね」



ああ、なんとなく解った。
佐助君、一昨日のあれで負傷して、今の武田は慢性のツッコミ不足というわけだ。

どこか遠くから「香耶殿ォォオオ!」なんて近づいてくる騒音を耳にして、私はため息をつきながら頭を掻いたのだった。

なるほどこりゃ武田軍の一大事というわけですね。

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