31

月神香耶side



「ヒッヒッ、不思議なこともあるものよ。この中で“夜の炎”とやらが使えたのはぬしだけのはずよなぁ」

「…………」

「さてや、あの満身創痍の猿は一体何処へ消えたのであろうな」

ヒィィ!

紀之介君が私の背をあくまで優しくさすりながら精神的に追い詰めてくる。なんというかこう……真綿で首を締められているような心地だ。
私は抱き寄せられるまま彼の肩に額を乗せ、視線を泳がせる。なんか頭上で紀之介君の武器である数珠(?)がくるくる回ってるんですけど……あれが私の脳天に落下してこないことを震えながら祈るしかない。

からころと下駄を鳴らして近づいてくるのは……半兵衛君だろう。わざわざ歩きづらい一枚歯下駄で戦場に出てくる奴なんて彼くらいだ。
半兵衛君はいまだ紀之介君の輿に座り込んで顔を上げない私に近づいて、血で汚れて肩に広がっていた私の髪にそっと手を入れ、すくいあげて背中に流す。

あ……そうだ、髪……!

「こんなさんばら髪にしちゃって」

「うぅ……」

自分で切り落としたとはいえ、こうも注目されてはいたたまれない。
ちょっと前まで髪を切るなと口をすっぱくして言われていたのでなおさら。



半兵衛君の手がぽんぽんと私の頭を撫でた。
……と思ったら頭蓋をわしづかみにされた。

「で? なんで侵入者を逃がしちゃったのか、説明あるよね?」

ぎゃぁあああ!


このあと即行土下座して痛みに悶えるはめになり、肋骨骨折がばれて紀之介君の御輿で屋敷に搬送されることと相成った。










「……まぁ、香耶なら全治二日といったところですか。羅刹ですし」

「愚かな……そもそも香耶が安易にどこででも寝るからこのような目にあうのだろう」

「うぅ……どこででも寝てるわけじゃないもん」

いろんな意味で胸が痛いよ……!

「かすり傷はほとんど残っていませんが、右耳に深い裂傷の痕がありますね。塞がっていますけど消毒だけしておきましょうか」

月神屋敷の私の部屋。
淡々と処置を行う敬助君と千景君のその向こうで、立て膝に頬杖付いてぶすくれてる男がひとり。

「Shit! なんで俺だけcrisisに呼ばれねえんだよ」

「さすがに奥州の主をあそこに連れて行って、万が一なにかあっては大事ですからねぇ」

「チッ」

伊達さんも一応自分の立場をわきまえてるので納得はしているが、つまんねえつまんねえと本音がダダ漏れだ。
そんなにパーリィしたければ躑躅ヶ崎館で存分にどうぞ。あそこで君の保護者の片倉さんと落ち合う予定だしね。

ここで開けっ放しの部屋のふすまから半兵衛君が覗き込んできた。

「山南殿。香耶、どう?」

「明日は駄目ですね。発つなら明後日以降にしてください」

「仕方ないねー」

笑う半兵衛君の顔はどこか違和感がある。知らぬ顔の半兵衛が知らぬ顔できないほど怒り心頭ってことなんだろうか。
……明日明後日の間に武田に攻め込むなんて馬鹿な真似はしないと信じてるけど。
でも、これは絶対なんか企んでるだろ。



「小太郎君、小太郎君」

「……なんだ」

家族が増えた今でも私の隣室をキープしてる小太郎君は、この深夜の時間帯に珍しく仕切りのふすまを開け放って、今夜はこのまま不寝番らしい。ほんと申し訳ないです。

「私の髪切ってくんない?」

「…………」

怪我のせいもあるだろうけど、こんなさんばら頭でいるからみんな不穏な空気なんだよな。
というわけで申し訳ついでにそんな頼みごとをしてみれば、小太郎君は呆れたようにため息をついて懐から良く切れそうな苦無を取り出してくれた。

「……え、まさかそれで?」

「うぬを壊してくれよう」

「壊すって」

「ククク」

まぁ、君の手先の器用さは信頼してます。

せっかくだからおねねさんくらい短くしてよ、というお願いは当然のごとく黙殺されて、最終的に髪の長さはバストトップあたりのセミロングに落ち着いたのだった。
……これなら深刻にならずともすぐ伸びるでしょ。

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