30

猿飛佐助side



俺様の任務は月神香耶とその周囲の人間を調べること。危険と判断した場合の対処……始末するかしないかの判断も委ねられている。

武田の大将ってたまにそういう言い方するから困るんだよね。
香耶というおなご、おぬしのまなこで見極めよ、とかさ。以前会ったときは互いに仲良さそうにしてたのに。

それで俺様は軍神の命で月神の偵察に来たかすがと協力して、結果的にこうして香耶の命を摘み取ろうと動くことになった。



香耶は強い。

戦忍の俺様が素直にそう認められるくらいに彼女は難敵だった。その一本刀から繰り出される技には武士としての優れた素養と確かな経験が感じられる。どう見積もっても二十台半ばの年頃の彼女が、いったいどれほどの場数を踏めばこうなるというのか。
修羅場ってやつなら俺様だってそれなりに踏み越えてきてるはず。

だけど、これは。



髪を真白に、右目を赤に染めた香耶が大刀を横薙ぎに一閃すると、剣圧で刃先がひゅんと鋭く鳴いた。
さっきまでの比じゃない威圧感だ。

「ここが正念場、か」

思ったことを声に出せば、口の中が緊張でからからに乾いているのに気付いて苦笑してしまう。

ここしばらく、何もしていないときに考えることといったら必ず香耶のことだった。思いわずらっていた。
この煩悶は、香耶を始末すればきっと収まるはず。だから月神偵察の任務を正式にたまわったとき、俺様は勇んで飛びついた。
でも、香耶に再会して、彼女を目のまえにすると……、押し殺したはずの心が叫ぶんだ。



殺したくない。

このひとを抱いて眠りたい、って。



化け物だとでも自分に言い聞かせなきゃ、やってられねえよ。

手から滴る血を振り落として、飛んでった右の手裏剣のかわりに苦無を構え、さらに影分身を二体放つ。
もう出し惜しみはしていられない。彼女のあの黒い炎は、闇の婆娑羅を酷く掻き乱すから。



「いくぜ……くらいなっ!」

分身との連携攻撃でとにかく手数を叩き出す。真田の旦那の二槍ならともかく彼女の一本刀で防ぎきれるはずがない。
的確に首の動脈を狙った手裏剣の切っ先は、大刀の柄尻で打たれ軌道を変えて香耶の右耳の耳朶を裂いた。鮮血が白髪を赤く染めるが、しかしその切り傷は人間にはありえない脅威の速さでじわりと塞がってゆく。

この治癒力が不死身といわれる所以か。

そしておそらく弱点は、首。香耶は自分の首を徹底して守っているからだ。

そうと解れば俺様は重点的に首を狙う。忍に卑怯も何もない。彼女を殺せなきゃ……俺は忍として中途半端なまま終わる。
俺様の強烈な打突をいなし、かわし、あるいはその身に受ける間に、香耶の足元を不自然に黒の炎が渦巻いてるのに気付いた。

これは、たぶんだめなやつだ。さっさと止めるか離れるかしないと。

考えるまでも無く止めるほうを選んだ。分身の俺様が手指を犠牲に香耶の持つ大刀の刃と柄を彼女の手ごと握り込み、右のわき腹を殴りながら捻ってやる。ここはさっきあばらを折ったところだ。尋常じゃない痛みが走ったはず。彼女の表情も忌々しげに歪んだが、それでも柄から手を離そうとはせず分身の咽笛に当身を入れにくる根性に舌を巻く。

で、もうひとりの分身が隙のできた香耶の左腕をつかんで捻り上げる。こっちもこっちで分身の顔面めがけて頭突きを入れにくるものだから、彼女の長い銀髪……いや白髪を引っつかんで無理やり顎を上げさせ止めた。

本体の俺様は足下の黒の炎の鎮火……ってもどう消せばいいのかわかんないから、結局は香耶の息の根を止めるって対処法に落ち着くわけで。



「悪いね。恨むなら……俺を恨め」

せめて苦しまずに逝けるよう願いをこめて、香耶が造った甲賀手裏剣を振りかぶる。彼女の唇が何事か小さく呟いた。

見間違いじゃなければ……──“にげろ”と。



そのとき。
俺と香耶の間に何かが割り込んだ。

かすがと一緒に結界も張っていたし、気配には敏感になってたはずなのに。香耶しか見てなかったせいだろうか。気付かなかった。
飛来してきた固いものが、俺様の振りかぶった腕の腱を直撃して、残っていた甲賀手裏剣が手から離れてしまう。

この致命的な隙に動いたのは、香耶だけじゃなかった。

まずは香耶が左を押さえる分身の脛と金的に踵をねじ込み(鬼畜すぎっ)、自由になった左手で俺の手から離れた甲賀手裏剣の刃先を我武者羅につかんだ。この時点で本体の俺様は次々と飛来する水晶(?)のようなものを避けるため大きく間合いを取っていて、彼女はまだ髪をつかんでいた分身めがけ後ろ手に手裏剣を斬り上げる。はずみで断ち切られた香耶の白髪がばらばらと舞う中、影分身の一体が消された。

同時に動いていたのはかすがが相手していたはずの風魔で、風の婆娑羅を纏う忍者刀で香耶の刀を抑える分身の背を打ち上げ、空中で切り刻む。その猛撃に一切の慈悲も無い。ちらりと木々の先を見ると、かすがが血まみれで倒れていた。あちらも手ひどくやられたな。これで二体の影分身が消えた。

残った本体の俺様には、大刀の柄に手をかけ闇の婆娑羅を引き摺りながら、ありえない速度で走る細身の男が迫っていた。

あの男は豊臣の……っ、



「貴様ァァァアアアアッ!!!」

まだ鉄線で繋がっていた左の甲賀手裏剣をやや無理やり引き寄せて構えると、視界の隅で白髪から銀髪に戻った香耶がぐらりと倒れこむのが見えた。

それに胸を痛める猶予も無く、男が居合いに抜きつけ刃を交わす。
さっき水晶が直撃した肘の腱が痛んで、俺様は大きく競り負けた。

「ちっ、やられすぎたか……」

「頭を垂れろ。愚鈍な己を懺悔して死ね……!」

振りかぶる刀を紙一重で避け距離をとる。……が、今度は違う気配が背後に現れて俺様は戦慄した。



「混沌に沈めてやろう……」

この声は、香耶がいつも連れてるもう一人の風魔小太郎の声だ。
振り返る間もなく強烈に蹴り飛ばされた。

「ぐ、あっ!!」

これは香耶の蹴りとは比べ物にならない。確実に俺のあばらが数本いった。
動けずにうずくまっていると、そんな俺様に近づいてくる、また別の男達。


「まさかこんな形で武田が吹っかけてくるとはね」

月神重虎……いや、竹中半兵衛と。

「……佐助。私は言ったはずだ。香耶に狼藉を働くならば覚悟せよと」

月神信繁、じゃなくて……真田、幸村だ。
信繁さんの十文字槍の切っ先を視界に認めて、俺様は、は、と吐息混じりに笑った。


……旦那、すまねえ……。


その切っ先が振り下ろされる前に、俺様の視界は黒に染まった。
まるで、そう。暖かい炎に包まれるように。


次に甲斐の躑躅ヶ崎館で目覚めるまで……、香耶が黒の炎を練ってたのは、俺とかすがを逃がすためだったなんて想像もしてなかった。

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