29
月神香耶side
「あんたは不死身の化け物だと聞いた」
佐助君の口から呟かれる言葉に、私は内心で少なからず衝撃を受けた。
私が羅刹であることも同盟国の国主や重臣には知れているので、情報収集・諜報活動の最前線にいるであろう佐助君がこれを知っても不思議ではない。先の伊達との戦では私も敬助君も羅刹の姿を晒したのだし、少なくとも婆娑羅者ではない何か、という認識はされている自覚はあった。
ただこう、面と向かって『化け物』と言ってくる人間は珍しい。片倉さんも私を妖呼ばわりだったけどね。
「それを確かめに来たのかい?」
首を傾げて訊ねるも、佐助君は応えてはくれなかった。
だけど彼の瞳は、命の炎に照らされてもなお仄暗く沈んでいて。
「それとも」
真田のため、武田のため。きっと彼は。
「私を殺しに来たのかな」
たくさんのものを諦めて、抹殺しつづけてきたのだろう。
それは、忍の鑑なんだろうけど。でもきっといつか……凍てついて、暗い場所から身動きが取れなくなってしまう。
私は、私と彼を隔てる炎に手を伸ばす。
だがそのとき、背後で葉擦れの音が鳴るとともに、婆娑羅小太郎が傷だらけで転がりこんできたのだ。
「!? こた、」
私が驚愕して彼に駆け寄ると、その姿は一瞬にして幻のように消えた。
これは……。
「駄目だぜ、香耶。敵の忍に背を向けちゃ」
「──!」
耳の後ろで囁くように聞こえる佐助君の声に、ぞくりと背筋が粟立った。
私は自分が彼の術中にまんまと嵌まってしまったことを悟る。
あー……考えてみたら小太郎がこんなに早々やられるはずなかったわ。動揺して気付かなかった。
要するに、とーっても悪趣味な幻術だったというわけだ。
佐助君の闇の婆娑羅を併用した幻術は今も継続中。影に遁甲して姿がつかめない。厄介な。
周囲に神経を尖らせていると、今度は視界の端で無傷の小太郎と満身創痍のお姉さんが音もなく現れて対峙した。
……あれは幻術じゃない、よな。
ちらとそちらに視線を向ける。
と、その瞬間に飛来する大型手裏剣をすんでのところで受け流した。あっぶな。
懐にまで迫った佐助君はもう片方の手裏剣で確実に私の咽元を抉ろうとしてくるのを、私は“狂桜”の柄で打ち外す。
しかし間髪いれずに胴に蹴りが入ってきて視界に星が飛んだ。
「ぐっ……!」
「ひょ〜、今のを耐えるとはやるねぇ。あばら何本かいったでしょ」
軽い口調なのに佐助君の目線からは温度を感じない。
私はから足を踏むもどうにか体勢を立て直し、好戦的に口角をつり上げた。
「ちょっとちょっと、無理しないほうが楽に死ねるぜ」
「それならなおさら無理しないと。後が怖いからね」
私は腰を低く落とし、刀を中段に構える。いつも無構えのため違和感を感じたのだろう。佐助君もまた大型手裏剣を隙なく構えて闇の婆娑羅の影に潜る。
私の剣気に反応して、大空の死ぬ気の炎が首筋でちりりと小さく爆ぜた。
彼ほど手数のある者に、影に潜られ懐に入らせるのは下策だ。ならば、懐に入られる前に仕掛けるしかない。
ひゅうと私の足元を冷たい風が渦を巻いた。
それを合図にあたりを浩々と照らしていたオレンジ色の大空の死ぬ気の炎はなりを潜め、代わりに燃え上がるのは、夜の死ぬ気の炎。
この闇色の炎は闇の属性の婆娑羅と相性がいい。大空の炎とは間逆で、同化して、混じりあって、陰の気を惹きつける。
だから。
───……さま、
余計な干渉も受けるのだけど。
「ごめん。今、君の相手をしている暇はない」
───そう…………待ってる……
あれ、応えた。干渉と会話するのは初めてだ。
ちょっぴり感動したが今はホントにそれどころじゃない。
足元から飛び出してくるはずだった佐助君が一間(約1.8m)先に姿を現して、目を見開いていた。
「術が……っあんた、何した」
一息に間合いを詰め、隙を見せた彼の腹に渾身の回し蹴りを放つと、彼は吹っ飛んで木の幹に激突した。
ぐぉおおお、さっき蹴られた脇がいてえ!
ずくずくと痛むそれを気合で無視し、追撃に走る。足で地面を擦って踏み込み中段から刺突を放った。左右の手を狙った二段突きだ。彼の右の手甲の間接部を刃が抉り、飛んできた血しぶきが私の鼻の頭を汚した。
その手の大型手裏剣を刀の峰で叩き落し、返ししのぎで巻き取って、ワイヤーを引き切り奪い取る。
奪い取ったそれを左に構え夜の死ぬ気の炎を纏わせれば、さすが、かつて自分が鍛えた武器。まるで長い時をともに生き抜いてきたかのように手に馴染んで。
佐助君の手に残った手裏剣と私が奪い取った手裏剣を打ち合わせると、衝撃波が空気を震わせ互いに顔をしかめた。
「うわっ……耳が、」
「あーあーあー。うん。聞こえてる聞こえてる。鼓膜は破けてないでしょ」
彼の体勢を崩していたにもかかわらず競り負けて手裏剣を弾き上げられる。
私の手から離れた手裏剣は頭上の枝葉を数本切り落とし、樹幹に突き刺さって止まった。
BASARA武将も無双武将もえてして馬鹿力だ。一般人の女がこんなのに押し勝てるわけがない。技と知略を使わなきゃだめだ。
私は夜の炎の小ワープホールをくぐりながら間合いを取り、羅刹の力を引き出した。
「…………ッ!!!」
こちらに意識を向けていた小太郎が何か叫んだような気配がしたが、あいにく彼に視線を向けるほどの余裕は無い。鼻の血を作務衣の袖で拭って、ともすれば暴れだしそうになる狂気を身のうちに制御する。
纏わり付く闇の炎を思いのままにする白髪赤眼の化け物を目の当たりにした佐助君は───
「……いっそ醜い異形だったらね」
なぜかくしゃりと泣きそうに顔をゆがめた。
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