25

月神香耶side



ひと段落着いた。

熱気が篭もってる作業蔵の戸を開け放ち、廊下に出るとそこでは。



「ほうれ、鬼子よ。これでぬしの黒石はみなわれのものよ」

「くっ……鬼の俺が脆弱な人間ごときに敗れる……だと!?」

「ヒッヒッ」

包帯男……もとい紀之介君と、愛用の黒い羽織を着込んだ千景君が、お茶をすすりながら碁に興じておりました。
ひとが汗だくで作務衣も下着もぼっとぼとにしてるって言うのに暑っくるしいなこいつら嫌がらせか! せめて居間の縁側でやれ!

胸中で毒づきとりあえず水でも飲みに行こうと一歩踏み出せば、紀之介君がこちらに視線を向けて空いていた湯のみにお茶を淹れてくれた。ちなみに千景君はまだ碁盤を睨んで唸っている。

「まぁ飲みやれ」

なんだか怒る気も失せて湯のみを受け取り、やや熱めのお茶を一気に飲み干した。……暑い。

顔に張り付く髪がうっとおしいのでぐいとかき上げると、ようやく千景君がこちらに顔を向けるのだが。
その表情は劣勢の不機嫌もあってか冷たいものだった。

「おい、これ以上近寄るな。碁盤に汗が飛ぶ」

「君は私に厳しいな……」

肩を落としながら作務衣の裾をめくりあげて顔の汗を拭うと、ちょうど庭先から小袖と袴の格好で歩いてくる三成君と目が合った。たぶん剣術の鍛錬でもしていたのだろう。

で、その三成君が珍しく目をかっぴらいて赤面したのだ。
と思ったらその場から光のような速さで駆け出した。

「…………っ! 香耶様ァァアア!」

「ヒッ!!?」

驚いて逃げ腰で半歩下がる間に、彼はもう私の鼻先にいて、めくりあげていた作務衣の裾を掴んで戻されていた。
三成君のほうからこんなに接近してくるのは初めてのことだ。私はぽかんと口を開けたまま瞬いた。

「男の前でそのように肌を見せるなど……っ」

「いや、ちゃんと肌着つけてたでしょ……」

「刑部も見ていたのならお止めしろ!」

「ヒヒ、眼福であったわ」

「刑部ゥゥウウ!!!」

なんで急に幸村みたいなことを……。

これでも真夏の不断着にしては妥協しているほうだ。平成だったらキャミとホットパンツで出歩くこともあったのだから。
それを露出がどうだとか貞操観念がああだとか無双世界で言われるようになって、動きやすく機能的な作務衣を自作するに至ったのだが。
でもやっぱどう考えても、くのちんとか甲斐ちんとかおねねさんの服のほうが露出が激しかったと思うんだよなぁ……なんで私ばっかり。

「風呂に入って来い」

「……そうする」

いまだ騒ぐ豊臣勢よ横目に、千景君に促されて私は湯殿へと足を向けた。



湯殿は台所の奥にあり、浅井戸の喞筒で汲み上げた水を導管で浴槽に送ることができるようになっている。

台所を覗くとそこでは敬助君と、意外にも伊達さんが働いていて、一国一城の主に包丁握らせてる状況に頬が引きつった。
もし片倉さんがこれを知ったら、私絶対ど突かれる。

「お疲れ様です、香耶」

「おまえ汗だくじゃねえかよ」

「うん……」

風呂に行け風呂に、なんて促されて湯殿を覗くとそこでは。



「お待ちしておりました」

さわやかな笑顔で私を待ち受ける幸村がいた。

うちの据え風呂はヒノキの浴槽に銅製のパイプを通し、外付けのかまどで火を焚いて水を温めるもので、原理としては江戸時代の鉄砲風呂と同じである。
大量の水と燃料が必要となるため、この時代の平民としてはこの上ない贅沢品だが、越前にいた頃は温泉が自由に使えたためにどうしてもこの設備は欲しかったのだ。
まぁ、湯をつくるだけなら多少乱暴だが簡単に死ぬ気の炎で出来るので、風呂を沸かすこと自体にさほど燃料も労力も必要ない。薪はもっぱら湯温を維持するために使う。

で、幸村はなんでここにいるのかというと、その手に持った糸切鋏と刷子、櫛で私の髪の手入れをするためだと容易に想像できた。

「聞きましたよ。御髪を切ろうとお考えだそうですね」

「え」

どこでそれを……って情報源小太郎君しかいないな。
ちなみにうなじのキスマークは一晩で消えた。だって羅刹だもの。

「……だめかい?」

「言語道断です」

「君もか……」

幸村は、ちょっぴり気落ちした私に後ろを向かせ、丈長を解いて元結を切る。
じっとりと汗を含んだ長い銀髪が背中に落ちて、首にまとわり付くのが不快だった。
私が首の周りを気にしてる間に幸村は丁寧に髪に櫛をいれ、平たい紐で一旦ゆるく結ぶ。

……まさかこの紐、真田紐ではなかろうか。だとしたら幸村が手ずから織ったものということに……私ごときの汗で汚すの恐れ多いな。



「言わずともおわかりかと存じますが、」

「わかったわかった。引っこ抜きゃしませんって」

いつになく威圧的な幸村に苦笑して、刷子、手拭い、浴衣を受取り、浴室の戸を開ける。
そこで私は思い出したように彼を振り返った。

「そんなに私の髪が心配なら一緒に入る?」

「は……!?」

「なんてね」

と笑って、手を振ろうとすると、その手を幸村が掴んだ。
そして私の手首に口付けながら、言うのだ。



「…………貴女が本当にご所望なれば。幸村はなんでもいたしますよ」

「っ!」

その妖艶な視線に、どきんと心臓が跳ねた。



う、うわぁ……うわぁあああ! 幸村ってこんな目をするひとだったっけ!?

後ずさって距離を取ろうとする私を、彼は腕を引いて引き寄せる。そうして私の頬に触れながら、冗談ぽく笑った。

「貴女に想いを寄せる男を、あまりからかって焦らさぬほうがよろしいかと」

そ、んなつもりで言った冗談じゃなかったけれど……。

「……ごめん」

これはぬるい風呂で顔も頭も冷やしてきたほうがよさそうだ。
私は目の前の男の顔を見ることが出来ずに、そのままフラフラと風呂場に入ったのだった。




「Hey,信繁。そんなとこでうずくまってどうした?」

「…………私を見ないでください」


※実は結構必死。

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