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山南敬助side



旧暦六月は夏の盛り。軒端には昔香耶が遊びで作った鋼の風鈴がちりんちりんと音を鳴らしている。

香耶が作業蔵に篭もって三日。

月神屋敷の住人はそれぞれ与えられた仕事をこなす。早朝から温めの風呂を沸かし、板の間では風炉に鍋を置いてこの頃貿易によってもたらされた珍しいカボチャを、小豆とともに炊いていた。



「Good morning 山南。ずいぶん慌ただしいがなんのeventだ?」

「お早うございます、政宗公。今日は蔵の住人が一度外に出てくる日なんですよ」

鍋を杓子でかき混ぜながら、私は屋敷の居候伊達政宗公にそう言った。

「Really? それって香耶のことだよな」

「ええ」

岩付城の戦ではあれだけの応酬があったにもかかわらずこのお人はこうも気軽に私に話しかけてくる。
豪気というか逸り気というか……過ぎたことをあまり気にしない人柄に、根に持つ性分と自覚する私でさえ毒気が抜かれるのだ。



と、そこに風の婆娑羅とともに現れた風魔君。

「風魔君。彼女の部屋の掃除は終わりましたか。……ああ、布団を干すのを忘れていましたね。お願いできますか? それと小田原城に出向いて春霞キセルに氷の婆娑羅を補充してもらってきてください」

言うや否や、寡黙な忍は首肯ひとつで再び消える。



「……あんた、あの風の悪魔をdomestic workerにしてんのか」

「なんてことを言うんですか。それ、風魔君の前で言わないでくださいよ」

「言ったってわかりゃしねえだろ」

風魔君をdomestic worker……召使い扱いできる人物がいるとしたら、それは香耶だけでしょうね。
彼が黙って私の指示に従うのは、それが直接的であれ間接的であれ彼女のためになると知っているから。

「ま、香耶にかかれば風の悪魔さえfamilyなんだろ。その姿を見た者は生きて帰れねえって伝説の悪名も形無しだな」

「そうですねぇ。彼女なら要人の暗殺など命じるべくもないのでしょうし」



炊き上がったカボチャを火からおろし、杓子に付いた小豆を指ですくって口に含んでみる。

……こんなもんでしょうかね。

すると政宗公も炉のそばにしゃがみこみ、小豆を味見してうなずいた。

「悪くねえな。だがもう少し塩味がきいててもいいんじゃねえか? そのほうがもっと甘味が引き立つ」

「なるほど。なら塩を足してみましょうか」

そういえば伊達政宗公は料理が趣味だという逸話があったような気がする。
塩の壷を棚から取り出し再び炉の前に膝をおろすと、今度は庭先から竹中殿の間延びした声が聞こえてきた。

「山南どのー、城内の試験菜園で西瓜もらったんだけどー!」

「では盥に氷水を張って冷やしておいてください」

「え、でもキセルの補充はまだでしょ?」

「補充には風魔君が行ってくれます。氷冷蔵庫のものを使い切ってしまってください」

「りょーかい」

「Oh……俺はどこにつっこみゃいいんだ」

頭を抱えだした政宗公に首をかしげる。
なんですか。キセルの説明は要らないでしょう。小田原の婆娑羅屋に行ったことがあるのなら見たことがあるはず。

「あえて言うなら……西瓜の実を食おうとしているところか?」

「おや。政宗公はスイカを食べたことありませんか?」



室町時代に日本にもたらされた西瓜は、もともと種子を食用とするために栽培されたものだった。
切れば赤いその果肉が血肉を連想させると、上流人士や女性が口にするのも憚られる下賤の食べ物だなどと言われていた。それに味自体、明治時代ごろから出回る改良品とは比べるまでもない。

それでも貴重な水菓子なのだし、甘味好きで平成の西瓜の味が忘れられない香耶は、小田原城内に試験菜園を、郊外に農園を拓き、人を雇って(雇ってるのは北条ですが)日々品種改良に口出ししている。
もちろん西瓜に限らず、あらゆる野菜、果物、穀物も。

「欲のためなら彼女はアグレッシブですよ」

「欲は欲でも食欲じゃねえか!」

なんでそのaggressivenessが天下への野望に回らねえんだよ、とぼやく政宗公の表情は穏やかなものだ。
彼女が征服欲を満たすために国を落とす大将だったのなら、きっと君は今でも敵対していたでしょうに。



戦中の時には考えられなかったほど和やかに言葉を交わしつつカボチャの味付けが完成したころ。
屋敷の奥……作業蔵に続く廊下の先からさわがしい声が聞こえてきた。

次いで、香耶様ァァアア! なんて三成君の叫び声が響けば、私と政宗公は顔を見合わせて苦笑するしかない。

「どうやらそろそろ」

「ああ、princess of the moonのお出ましだな」


さあ、一番がんばってる大黒柱の姫君に、一家総出でご奉仕ですよ。

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