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月神香耶side
刀鍛冶が日本刀を一振り造る工程は、大まかに言うと鋼を鍛錬して不純物を叩き出し、心鉄を皮鉄で包んで延ばし、焼入れしたのち形を整え終了だ。
その後研師、白銀師、鞘師、塗師、柄巻師、鍔師、研師へと職人の手を渡り、再び刀工の手に戻ってきたら銘を切って完成。
鍛錬の作業は刀工と数名の弟子によって相槌を打ち、三、四日昼夜を問わず行われた。
……が。
弟子もいないし、ベルトハンマーがあるわけもない時代。私が使ってるのは大空の死ぬ気の炎、夜の死ぬ気の炎という便利な反則スキルである。
作業蔵で無双小太郎に元結で髪を束ねてもらいながら、私は信玄公の斧を作るために必要な膨大な量の鋼を延々と小割にして選別していく。
「髪……そろそろ邪魔だな」
ポツリと呟いた私の唐突な言葉に、背後にいた小太郎君の手が止まった。
「おねねさんくらいの長さにしてみよっかなー」
「待て」
「うが!?」
いきなり髪を引っ張られて上を向かされる。首からぐきんと鳴ってはならない音がした。
「いだだだこれ首もげてない? すごい痛い」
「うぬは脊柱が折れても死なぬのか?」
「折れたことないからわかんない……え、試すの?」
……何の話だこれ? とうとう小太郎君のご乱心か。
目線を真上に上げれば、私の顔を覗き込む小太郎君と目が合った。
「クク、うぬの脊柱にさほど興味はそそられぬな」
「……さよか」
どうやら命拾いはしたらしい。
髪も解放されたようなので後ろ首を撫でながら頭を回していると、今度は作業台に上半身をうつ伏せに押し倒されていく。
っていうか背中にのし掛かられて押し潰された。
「ぐえ! 何、なに……っ!?」
小太郎君の大きな手が、元結で束ね丈長で装飾した束ね髪……いわゆるポニーテールの私の後ろ髪を肩から前へと流してくる。
そしてあらわになったうなじの肌に口づけられて、きつく吸いつかれたのである。
これは鈍いだとか疎いだとか言われる私にもさすがに解った。
痕を、付けられた。
私の背にかぶさる男はうっそりと笑って、うなじに付けた痕を指でなぞる。
「これで項を出しては歩けまいな」
こいつ……。
「…………素直に髪切るなって言えばいいのに」
「ククク……」
まぁ、私の周囲(家族)で髪をこれほど長く伸ばしてるのって私と小太郎君くらいしかいないもんなぁ。
だから結うのを彼に任せているのだし。彼も嫌な顔ひとつしないから。
ようやく束縛から自由になった身を起こし、肩から垂れ落ちた髪を背中へと払った……のだけど、髪上げてたら結局見えるんじゃね? この痕。
私はうなじに突き刺さる視線の主を睨んだ。
「婀娜な眼差しよな。我を誘っているのか?」
「違うわ。よく見ろこの軽蔑の眼差しを!」
反省の色もなくくつくつと笑う小太郎君に水減しした鋼を投げつけると、鋼はすぱぱぱんっ、と彼の篭手によって気持ちいいくらい見事な小割に割られていく。……こいつ何気に選別までしてないか? なんでもありだな風魔忍。万能すぎて嫉妬すらする。
投げては割られ、投げては割られを繰り返し、ようやっと私の気が済む頃には予定よりかなり早く選別作業が終わっていたのだった。
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