21
月神香耶side
「俺はそやつが言ったとおり、毛利家の幸鶴丸だ。通称を毛利千景で通すことにした。皆もそう呼べ」
「へぇ、貫禄あるねー千景君。香耶も見習って欲しいよ」
うっさいな。
半兵衛君が邪気のない笑顔で向けてくる視線を、私は華麗にかわした。
「俺が何故ここにいるかという話は中でする。入れ」
そう言って奥に身を翻す千景君は、子供ながらに城主のようだった。
くっ、鬼の頭領オーラマジパネェ……!
この屋敷の主って誰だったっけ。千景君か。
月神屋敷は玄関を入ってすぐ接客用の書院があり、その奥が母屋と呼ばれる居住区域になっている。町屋の並ぶ町人町にあるにもかかわらず江戸時代の大名屋敷を意識して造ったここは、敷地が広く、大きな庭園を母屋・離れ・蔵などで囲い、瀟洒でくつろいだ数奇屋風のつくりとなっていた。
武士でもない身分の人間の家にしては珍しく掘り抜き井戸・浅井戸に据え風呂まで構え、浅井戸のほうは水を圧送する原理の喞筒(しょくとう)を設けている。昭和の映画などに出てくる所謂手押しの井戸ポンプである。……が、道具の加工やら何やらを全部死ぬ気の炎で行っているうえ、記憶頼りの付け焼刃施工なんでこれがまぁパコパコと壊れる壊れる。修理改良の連続だ。庶民にまで普及させるには時間がかかりそうである。
「ねぇねぇ、香耶の刀って妖刀だったの? てっきり香耶が打ったものだと思ってたけど」
「私も興味があるな。後で見せてはくれぬか」
「うん……いいよ」
伴太郎って何気に刀剣マニアの気があるよなぁ。……変なのに取り憑かれなきゃいいけど。
興味を示したメンバーに、前世で“狂桜”の元の持ち主だった千景君が解説を加える。
「“狂桜”は香耶が“幕末”の時代に、薩摩の鬼の一族の頭領から譲り受けた宝刀だ。元は長州……長門の藩主からその土地の鬼に下賜されたものだと聞いている」
「え……そんな由緒ある刀だったの?」
きょとんと呟いた私に、千景君が知らなかったのかと胡乱な目を向けた。
だって、鬼の一族なら妖刀や宝剣の一本や二本あるんだろうなぁ、くらいにしか思ってなかったんだもの。
千景君の刀も、あの源頼光が酒呑童子を退治したという鬼切……童子切安綱だったし。
視線を空に泳がせて平成時代の千景君の実家に置いてきた童子切安綱に思いをはせていると、千景君はそんな私を横目で見てにやりと口角を上げた。
「ここからの話は伝説にすぎんが……、その狂桜の由来は安芸毛利家に嫁いだという女が引き出物として持っていたものらしい。その女は大層な変わり者だったらしく、戦国時代、女人禁制の刀鍛冶の世界で多くの名刀を残し、日ノ本に銘を馳せたそうだ」
……うん?
「ほう……まるで香耶のような女だな」
「そうだ。香耶が俺に嫁げば同じ歴史をたどるかもしれん」
「ええぇ!?」
なにそれすげぇ。狂桜が無限ループする。
まぁ、私は今のとこ誰かと婚姻するつもりはないのだけど。
「……しかし、何故千景殿が“幕末の世”のことをご存知なのですか」
少しばかり苦々しい表情でそう訊ねる幸村に、千景君は良くぞ聞いてくれたとばかりに鼻で笑って振り返った。
「俺は三界を輪廻する記憶を持つ者だ。三界とは幕末の世、平成の世、そしてこの戦国乱世。いずれの世でも不老不死の月神香耶という女と出会っている」
そう……それは私から見れば、私が生きる世界で千景君が延々と生と死を繰り返しているということだ。
千景君が輪廻転生の記憶を持つ、という業を背負ってしまっているのは、もしかしたら私のせいなのかもしれない。
そう低く呟けば、千景君は不敵に笑みを浮かべ私を振り返った。
「なにを嘆くことがある、香耶。俺は再び香耶と生き、香耶を手に入れるチャンスを得ることができたのだ。それだけでこの転生には価値がある」
本人はなかなかに楽観的だった。
「H'm……香耶を手に入れるchanceね。前の世の香耶がどうだったかは知らねえが、この世の香耶はrivalryが厳しいんじゃねえか?」
「だが政宗公と俺では勝負になるまい。香耶、仮に俺かその男に嫁ぐならばどちらを選ぶ?」
え……そんな話題を私に振るの?
「千景君……かなぁ」
「Shit! なんでこんなガキを選ぶんだ!」
だって千景君なら平成の結婚観も備わってるし、浮気もせずちゃんと大切にしてくれるだろう。
「ま、今までの生で培ってきた信頼の差だね」
「フン。どうだ、貴様らに勝ち目などあるまい? 香耶、すぐに祝言を挙げるぞ」
「いや挙げねーよ!? 仮に、って言ったじゃん!」
つっこめば、千景君の天使のような器量から舌打ちが返ってきた。
なぜだろう……中身千景君でも外見は癒しの超美少年に舌打ちされるとへこむ。
そんなふうにぞろぞろと歩きながら喋っていれば、すぐに母屋の居間に着いた。
人の気配のある障子襖を開けると、そこにいたのは──
「香耶様、ご無事の帰還、何よりでございます」
「やれ、久しいな。香耶殿」
「三成君……と、紀之介くん!?」
これまた意外な人物がそこにいたのだ。
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